東京電力福島第1原発事故で拡散した放射性物質を取り除く福島県内の除染で出た土は、同県大熊、双葉両町にまたがる中間貯蔵施設で保管され、2045年3月までに国が県外で最終処分すると決められている。だが、処分先の選定は進まず、最終処分量を減らすために放射性セシウム濃度1キロ当たり8000ベクレル以下の土を全国の公共工事で再利用する計画も難航。こうした原発の負の側面が衆院選で議論されないことに、故郷を奪われた住民たちからは「もっと目を向けてほしい」との声が上がる。
「土を引き取ってくれ、と言われたらどうしますか」。大熊町から西に100キロ近く離れた福島県会津若松市に避難する庄子ヤウ子(ようこ)さん(77)は県外で語り部をする際、参加者にこう問いかけている。再利用さえ県外では引き取りが実現していない中で、除染土の受け入れを巡って「住民同士のいがみ合いが起きる事態にはなってほしくない」とも話す。
中間貯蔵施設のために住み慣れた土地を国に売却し自宅は解体された。「あの大量の土を約20年以内に一体どこに持っていくのか。国は本気で考えているのか」との疑念は年々強まる。
施設の用地は約16平方キロあり、事故前は約2700人が暮らしていた。これまでに除染土など約1400万立方メートル(東京ドーム11個分)が運び込まれている。
「国や政治家の仕事はハコモノを造って復興をアピールすることでなく、中間貯蔵施設のような『やぶ蛇』の問題にこそ真っ先に取り組んでほしい。責任を取りたくない、寝た子を起こしたくない、と議論を先送りしないでほしい」。庄子さんはそう注文する。
大量の除染土に埋もれた故郷に土地の所有権を残したまま貸している住民もいる。大熊町の男性(77)は息子らと相談し、自宅と梨畑の一部を国に売らずに貸し出した。県外処分の道筋だけでなく、国有地と私有地がいりまじる中間貯蔵施設の跡地を45年以降にどのように再生させるのか国のビジョンは見えない。「地権者は復興のために泣く泣く土地を渡した。将来のメドが立たないまま、多くの地権者が亡くなっていくような事態は避けてほしい」と訴える。
双葉町の岩本清孝さん(77)は長期の避難生活の末、今春ようやく町内に戻った。ただ、事故前まで経営していた会社の敷地は中間貯蔵施設のために手放した。「(第1原発の)廃炉作業もままならない。国内の原発も使用済み核燃料の最終処分先が決まっていない。そんな状況で『福島の除染土は県外で最終処分する』と言われても信じられない」と不信感を募らせる。
問題の解決を誰に託すべきか。「この先、何世代にもわたる事業だけど、今できることを一生懸命やってくれる人を見極めたい」
事業主体の環境省によると、今後、保管する除染土のうち熱処理などの技術によって最終処分量をどのくらいまで減らせるか複数のシナリオを提示。その上で最終処分場の規模を複数示し、候補地選定に向けた工程表を策定するという。
主な政党は除染土について公約にどう盛り込んでいるのか。自民党は「国が前面に立って取り組む」▽立憲民主党は「責任を持って進める」▽公明党は「総力を挙げて取り組む」と主張。一方、日本維新の会は45年3月までの県外最終処分の方針を見直し、「実行可能な処理のロードマップを策定する」としている。
除染土に直接触れていないが、共産党は「『負の遺産』に取り組む」、国民民主党は「多くの課題に全力で取り組む」などとする。【毎日新聞】