東京へ、首都圏へ世界最大級の原発は電気を送り続けた。新潟県に建つ東京電力柏崎刈羽原発。一体誰のための原発なのか。何をもたらしたのか。新潟日報社は長期企画で、新潟から原発を巡る疑問を考えていく。プロローグでは「住民避難」を考える=敬称略=。(住民避難編・10回続きの10)
東京電力福島第1原発事故を巡る新潟県独自の「三つの検証」の一つ、原発での重大事故時の避難方法を検証する委員会は2022年9月21日、知事の花角英世(65)に報告書を提出した。
2017年から足かけ6年、24回の議論をまとめた報告書には異例の記述がある。「テロリズムと避難における論点整理」と題した章だ。8ページにわたり9項目、34の論点を示したものだ。
避難検証委が委員の提案を基にテロと避難の議論を本格的に始めたのは、20年11月の第14回会合から。22年2月のロシアによるウクライナ侵攻前のことだ。
委員長を務めた東京大学教授の関谷直也(48)=新潟市出身=は福島事故後、政府の事故調査委員会の業務に携わった経験がある。
福島事故は全電源喪失の事態に至った。外部電源を巡るテロに海外の関心も集まっただけに、テロ問題の重要性は認識していた。
「武力攻撃を検討している県はほぼない」と関谷。その後にザポロジエ原発への攻撃が起きたことも考えると「死角なく議論したのは良かった」と、報告書に盛り込んだ意義を語る。
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東電柏崎刈羽原発では、他人のIDカードを使って中央制御室に入るなどの事案が2021年に発覚した。
その年の10月22日、新潟市中央区で開かれた第19回避難検証委。関谷はID事案などについて、自ら追加して書いた文章を読み上げた。
「東電の不祥事として片付けるべき問題ではない」と指摘し、こう続けた。「武力攻撃原子力災害による避難対応が必要となる可能性が、十分にあることを示した事案である」
武力攻撃に伴い原発などの外部へ放射性物質が放出される「武力攻撃原子力災害」。その対処は国民保護法などで定められている。
その時、住民はどうなるのか。避難検証委の報告書は、敵が上陸してきた場合について「自衛隊による侵害排除活動と避難行動とは両立しない場合も十分想定され、避難はそう簡単には実施できない可能性がある」とする。
原発有事に自衛隊はどう動くのか。テロ研究が専門で、国民保護に詳しい防衛大学教授の宮坂直史(60)は「自衛隊は侵略を排除しなくてはならない。住民の生命を守ることとは違う任務がある。戦争中に住民保護を任せることは幻想に近い」と、住民避難に自衛隊が関われない可能性を想定する。
柏崎刈羽原発
防衛省統合幕僚監部は取材に対し「あらゆる事態に適切に対応し、国民の生命と財産を守り抜くため関係省庁と連携し、万全を期す」と書面で回答した。
原発への武力攻撃や国民保護に責任を負うのは国だ。原子力災害には、原子力災害対策特別措置法などに基づき対応してきた。原子力防災を担当する内閣府大臣官房審議官の森下泰(56)は「攻撃でも地震でも、原発から放射性物質が出た場合の対応は基本的に同じだ」と説明する。
国民保護法を所管する内閣官房の担当者は「平時に培った枠組みを最大限活用して住民を守る」と話す。
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法律の枠組みはあるが、原発への攻撃と侵攻が同時進行する場合の住民避難を巡っては、詰めるべき課題が存在する。有事に関係機関が機能し、住民の安全を守れるのかは未知数で、各機関の責任も見えにくい。
テロや武力攻撃の形態が多様であることを熟知する宮坂は、原発での有事対応は「出たとこ勝負にならざるを得ない」とみる。訓練の重要性とともに、住民一人一人が自分を守るための知識を身に付ける必要性を説く。
=おわり=