東京電力ホールディングス・福島第一原子力発電所事故で住まいを奪われた住民による訴訟の判決が2023年12月26日、東京高等裁判所で言い渡される。
2022年6月17日に「事故は回避できなかった」とする最高裁判所の判決が出されて以降、その後も続く地裁や高裁の訴訟では国の法的責任を否定したり、賠償額を低い水準に抑え込んだりする判決が相次ぐ。第一審で国の責任が認められた東京訴訟の高裁判決はそうした流れを食い止めるのか、注目されている。
東京訴訟の原告は17世帯48人。そのほとんどが、福島県いわき市など国による避難指示が出されなかった区域からの避難者だ。「区域外避難者」と呼ばれる人たちは、なぜ避難を決意したのか。原告団長の鴨下祐也さん(55歳)は国の責任の認定とともに、被害の実態を直視した判決を望んでいる。
想像を超えた放射能汚染の広がり
「2022年の最高裁判決の内容には強い違和感を抱いている。最高裁判決では事故は防げなかったとしているが、建屋の水密化に加えて予備電源さえきちんと用意していれば、これだけ深刻な事故にはならなかったはず。そのことは、福島第一原発の設計にたずさわった専門家が法廷で証言している。つまり私たちのような避難指示が出されていない『区域外』の住民までもが放射能汚染から逃れなければならないほどの重大事故は防げたと思う」(鴨下さん)
鴨下さんが「今も避難生活を続けざるをえない」と考えていることには理由がある。
研究者(工学博士)として放射性物質の取り扱い方に精通する鴨下さんは原発事故から5年が過ぎた2016年7月7日、いわき市の自宅の土壌がどの程度、放射能に汚染されているかを調査した。その結果、判明したのが想像を超えた汚染の広がりだった。
自宅の敷地内の9カ所を選び、決められた手順で土の塊を採取。専用の容器に入れて放射性セシウムの量を測定したところ、想像を超える深刻な土壌汚染が見つかった。
9カ所のうち測定できた8カ所で、1平方メートル当たり24万ベクレル、14万ベクレル、8万5000ベクレルなどといった数値が検出されたのである。
表面汚染密度が1平方メートル当たり4万ベクレルを超える場合、そのエリアは放射線管理区域として標識で明示し、一般人がみだりに立ち入らないようにしなければならないことが国の法令で決められている。しかし福島原発事故では放射能汚染が福島県内外に広がってしまい、被曝の回避策はおざなりにされている。
原発事故直後、妻の実家のある首都圏に避難した鴨下さんは、勤務していた高専の授業再開を機に、家族を避難先に残していったんいわき市の自宅に帰宅した。しかし、「放射性物質を扱う実験室のほうがクリーンであることを知って愕然とした」という。
「自宅に帰って調べてみたら、庭の土も自宅の床も、コップの中までもすべて放射性物質で汚染されていた。放射性物質は窓を閉め切っていても土ぼこりとともに家の中に入ってきた。内部被曝を防ぐために、放射性物質を扱う実験室には食べ物を持ち込まないのは当たり前だった。それを上回る汚染が見つかった場所で生活しなければならないことは耐えがたかった」(鴨下さん)
汚染による内部被曝の危険性
こうした放射能汚染の被害について、「第一審の東京地裁判決は十分に考慮していない」と鴨下さんは批判する。
地裁判決では、損害賠償が認められる期間は、大人の場合で2011年12月まで、18歳未満の子どもや妊婦の場合でも翌2012年8月までにとどまった。
判決文では、被曝線量とがんによる死亡リスクが比例関係にあるとする「LNT(直線しきい値なし)モデル」の合理性を認定しながらも、「避難を継続することが合理的である」と認められる期間については厳しい判断をした。その際、「原告らの主張する土壌の汚染状況からの内部被曝の危険性を考慮しても、この判断は左右されるものではない」と判決文は述べている。
2012年6月には「原発事故子ども・被災者支援法」が施行され、区域外避難者についても「必要な施策を講じる」と定められた。汚染状況の調査についても放射性物質の種類ごとにきめ細かく、継続的に実施すると記述された。だが、法律は機能せず、避難者の生活は日増しに厳しさを増していった。2017年3月には区域外避難者への国による避難住宅の無償貸与が打ち切られた。
子ども・被災者支援法では「被災者に対するいわれなき差別が生じることのないよう、適切な配慮がなされなければならない」と定められている。しかし、福島から避難した子どもは学校でいじめや差別に直面した。
鴨下さんの長男の全生(まつき)さん(21歳)は2023年6月、東京高裁の法廷で小学生時代のいじめ被害について陳述した。
「僕に限らず、ほとんどの避難者は、平穏に暮らすために、自分が避難者であることを隠さざるをえませんでした。生い立ちも被害も、アイデンティティをすべて隠して、偽って生きざるをえないほど、僕らは差別にさらされてきました」
避難先での小学3年生の時、東京電力が避難者に100万円の賠償金の仮払いを発表し、それが報じられたことがいじめのきっかけだったという。
自らを隠さざるをえない苦しみ
避難指示「区域外」の鴨下さん一家は賠償の対象とはならなかったが、報道をきっかけに「かわいそうな避難者」は「ずるい避難者」に変わり、全生さんは小学校でクラスメートから「金を返せ」と責め立てられた。
「図工で作った作品には無数の悪口が書き込まれ、休み時間には罵声を浴びせられました。授業中も、先生に見えない形でグループから外されたり、足を鉛筆で刺されたりなど、攻撃を受けました。でも、当時の僕は、あまりにも急な変化に理解が追いつかず、それが『いじめ』だと気付くことさえもできませんでした」(全生さんの陳述書より)
私立中学への進学を機に、全生さんは自分の経歴をすべて隠すようになった。するといじめは起きなくなったが、心の傷は残ったままで、高校に入ると再び生きることがつらくなった。
全生さんの心に変化が出てきたのはそれからしばらくしてのことだった。
キリスト教徒で避難者の支援活動をしている人の勧めでローマ教皇に苦しみをつづった手紙を送ったところ返事が届き、バチカンで謁見の機会を得た。そのいきさつについて、全生さんの陳述書には次のように書かれている。
「この時、初めて自分がこれまで経験してきたことを具体的な言葉にして、書いてまとめる作業をしました。嫌なことが次々に思い出されて、なかなか書き進められず時間はかかりましたが、僕の崩れてしまいそうな気持ち、すべての原発事故被害者がそれぞれ抱える苦しみを受け止めてほしいという思いを必死で書きました」
全生さんはそれ以降、学校でも少しずつカミングアウトできるようになり、避難者であることを隠すのをやめるようになった。
17歳の時、ローマ教皇が来日し、再び謁見した。その時、全生さんはこう伝えた。
「広く東日本に降り注いだ放射性物質は、今もなお放射線を放っています。汚染された大地や森が元通りになるには、僕の寿命の、何倍もの歳月が必要です。だから、そこで生きていく僕たちに、大人たちは、汚染も被曝も、これから起きる可能性のある被害も、隠さず伝える責任があると思います。ウソをついたまま、認めないまま、先に死なないで欲しいのです」
避難者を苦しめる原発事故のトラウマ
原発事故の被害者は、深刻なトラウマを抱えている。2015年1~3月に、早稲田大学災害復興医療人類学研究所がNHK仙台放送局と共同で実施した東日本大震災の被災者を対象としたアンケート調査で、そのことは明確になっている。
原発事故被害者2460人の「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の症状の強さについて分析した辻内琢也・早大教授によれば、「PTSDの可能性があるとされるカットオフ値(25点)以上の者が全体の約41%に達した」という。
その理由について辻内氏は東京訴訟の第一審時に提出した意見書で、「わが国で起きた原発事故災害において、事故原因の不透明さや事故解決の遅れ、そして不十分な救済といった要因が、高いPTSD症状の要因である可能性が見えてくる」と記述している。
そのうえで「自主避難者」(区域外避難者)のストレス度に関する平均得点は、帰還の見通しの立たない区域からの避難者に次いで高かった。その理由について分析した辻内教授は「生活費の心配」「家族関係に困難」「避難先での嫌な経験」「相談者がいない」などの6項目がストレスに大きな影響を与えていることが判明したとする。
辻内教授はさらに分析を進め、「原発事故後に被災者・被害者が追い込まれている状況を分析すると、構造的暴力(structural violence)による不正義・不平等・格差・差別という概念に行き当たる」と言及。「PTSDの可能性」には「各種の心理的・社会的・経済的要因が影響を与えており、ここから構造的暴力によるPTSDという概念が想定できる」と分析した。
鴨下祐也さんの妻・美和さん(53歳)は2023年7月27日の東京高裁での意見陳述で次のように述べた。
「私たちへの誤解や差別は、子どもたちの社会をも歪めました。先日この場で意見陳述した長男が、涙を流しながら訴えたように、私たちが受けた心の傷は今も生傷のまま癒えることがないのです」
そして美和さんは「裁判官の皆様へ」として次の言葉で締めくくった。
「区域外避難者は、ないものを恐れ、感情的に避難した人、というような忌まわしい誤解を取り去り、国が私たちから奪った人権を取り戻してください。私たちがもう一度、普通に安心して暮らせるよう、助けてください」
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