福島県飯舘村では、5月上旬、村の一部で避難指示が解除される予定です。各自治体で避難指示が解除されるなか、解除後の住民の生活を支える医療体制の現在地を、村唯一の常勤医として働く男性の姿から見つめます。
医師「どうですか、かゆみはとれましたか?」
患者「あの薬は眠くはならない。ならないけれど効かないんです」
医師「なかなか効く薬がないな、申し訳ないな…」
患者の家に出向き、診療を行う男性。飯舘村唯一の常勤医として働く、本田徹医師(75)です。
本田医師は、長年、青年海外協力隊での活動やアフリカの医療支援を行い、数々の命を見つめてきました。震災後は、被災地の支援に尽力するなか、福島が抱える複雑な状況が気がかりでした。
いいたてクリニック・本田徹医師「震災後、家族がばらばらになるという状況になってしまい、そういう問題をずっと引きずりながらお年寄りの方々が暮らしているのはなかなか厳しいものがあると思った。それは普通の自然災害とは違う側面」
飯舘村は、原発事故後の全村避難を経て、現在は村の95%で住むことができるようになりました。一方、村の居住人口は、震災前の23%にとどまり、その多くが高齢者というのが現状です。
避難の状況などで単純に比較はできないものの、68.6%の高齢化率は、県内で最も高い数字です。
本田医師は、常勤医がいなかった村で「訪問診療」に取り組もうと、去年から、村に移り住み、住民の健康を支えています。
自らの運転で患者のもとへ 1日100キロ走行も
診療に向かう手段は、自らの運転です。
本田医師「1日10件くらい回って、フルに働くと走行距離が100キロを超えることもある。それなりに神経を使うところはある」
この日訪ねたのは、村に1人で暮らす岡本易さん(87)。脳梗塞を患った経験があります。
本田医師「問題は血糖と腎臓だな、きょうは高いかもしれないな」
岡本さん「高いな、上がっちゃっているな」
震災後、村に戻ってきた岡本さん。本田医師の診察は欠かせません。
岡本さん「血糖値のせいなんでしょうね、たまに気を失うんですよ。そういうことを本田先生がすごく心配してくれて、飯舘に来たからこそああいう先生に会えた」
本田医師が勤める村でただ一つの診療所「いいたてクリニック」は、火曜と木曜に外来を行っていて、それ以外の日や急患が出た際は、本田医師が患者のもとへ駆けつけます。
しかし、入院や救急搬送は、村外の病院に頼らざるを得ません。
本田医師「患者を触ってあげたり、音を聞いてあげたりして見えてくることもあるし、患者さんにも信頼していただける」
患者と直接じっくり話すことが、本田医師のポリシーです。84歳の草野シゲ子さんは、重度の障害を持つ息子を支えながら暮らしています。
草野さん「あまりしょっぱいのは…」
本田医師「しょっぱいのは食べちゃダメ。でもおいしい漬物作るじゃん。それはお客様のためか」
草野さん「そう、だからあまりしょっぱくなく作るから」
本田医師「そうかそうか」
本田医師と患者の信頼関係が見えた場面が取材中にありました。
患者と一緒に墓参り「受け継いでくれる人出てくれば…」
診療前に、車を持たない草野さんが夫のお墓参りに行くと聞き、本田医師が送迎をすると提案しました。
本田医師「お父さん亡くなって10年過ぎたかな?」
草野さん「過ぎてない、避難している時に亡くなった」
本田医師「避難しているときか」
患者の「生きる」を支える、本田医師。5月に76歳になりますが、飯舘村にこれまでの経験を全て注ぎ込む覚悟です。
いいたてクリニック・本田徹医師「私はもう高齢者になっているので、年齢的にも限界があるし、そんなに体力的にも頑張れるわけではない。どこかでつなぎ役になり、受け継いでやってくれるような若い人が出てくればいい」
ひたむきな患者への情熱が、村の医療を支えています。
【テレビユー福島】