今回の問題から浮かび上がるのは、法改正を伴う重要な政策の決定に関して、原子力規制庁職員が事前に準備を進める一方、同庁を監督する立場である原子力規制委員会が蚊帳の外に置かれている実態だ。
原子力規制行政のガバナンス能力欠如というべき重大な問題だ。
原子力規制委員会(以下、規制委)の事務局を務める原子力規制庁の職員が、原子力発電の推進を担う経済産業省・資源エネルギー庁の担当者と面談を重ねていたうえ、規制委のあずかり知らぬところで「現在、炉規制法に規定されている発電炉の運転期間制限を、電気事業法に移管」などと記した内部資料が作成されていたことが明らかになった。
内部告発から規制庁の内部資料を入手したNPO法人原子力資料情報室が2022年12月末に記者会見を開き、同NPOの松久保肇事務局長が、「法改正のあり方を規制庁とエネ庁との間で事前にすり合わせしていた証拠だ」と指摘した。
委員会の独立性は損なわれていないのか
原子力資料情報室の指摘を踏まえ、規制庁は急きょ、関係職員に事情聴取を実施。規制庁から報告を受けた規制委の山中伸介委員長は「(業務運営の)透明性に課題があったことは事実」としたうえで、「今後、人事異動の制限に関するノーリターンルールが定められている(エネ庁の原子力関連部署など)関係先との面談の事実や内容については公表していく」との方針を打ち出した。
経済産業省から安全規制部門を分離し、環境省の外局組織として規制委と事務局の規制庁が新設されたのは、東日本大震災の翌年の2012年のこと。規制委は独立性の高い3条委員会(国家行政組織法第3条に基づき独立して権限の行使が保障されている機関)である。
一連の問題に関して山中委員長は、「2年前に開催された委員会で、運転期間のあり方については利用政策側(であるエネ庁)が判断すべき事項であり、われわれ委員会は意見を申し述べる立場にはないという見解を決定している」「委員会の独立性が損なわれかねない問題行為があったとは考えていない」とし、あくまでも「透明性」や「情報共有」のあり方に関する問題にとどまるとの認識を示した。果たしてその程度の問題に過ぎないのだろうか。
一連の問題から浮かび上がるのは、法改正を伴う重要な政策の決定に関して、規制庁職員が事前に準備を進める一方、同庁を監督する立場である規制委が蚊帳の外に置かれている構図だ。
規制庁は「規制委での5人の委員の合議なしに政策が決定されることはない」(黒川陽一郎総務課長)というものの、今回発覚した問題を通じて、政策決定に重要な影響を与える論点や方向性が事前に規制庁の職員によってお膳立てされている実態が浮かび上がっている。
原子炉規制法改正を含む「GX(グリーントランスフォーメーション)関連法案」は今後、閣議決定されたうえで早ければ2月にも国会に上程される見通しだが、規制庁とエネ庁との不透明なやりとりは国会審議の過程で厳しい追及を受ける可能性が高い。
「束ね法案」にして審議時間を短縮化か
原子力資料情報室が入手した規制庁の内部資料(冒頭写真)には、次のような記述がある。
「来年(=2023年)の常会に提出予定のエネ関連の『束ね法』(経産主請議)により、現在、炉規制法に規制されている発電炉の運転期間制限を、電気事業法に移管」
この記述は、原子力発電所の運転期間の規制について、現在、規制委が所管している原子炉等規制法(炉規制法)からその条文を外し、経産省が所管する電気事業法に移管することを意味する。
炉規制法を初めとした複数の法律の改正法案を「GX関連法案」などとして束ねた形で通常国会に上程するといったシナリオだ。そうすることで実質的な審議時間を短くできる。なお、この記述は主にエネ庁職員の説明を基にした規制庁職員によるもので、エネ庁の思惑が透けて見える。
ほかにも見逃せない記述がある。「これに伴い、同束ね法により、【高経年化対策に関する安全規制】を炉規制法に新設」というくだりだ。本来であれば、規制委での議論や意思決定があって初めて記述されるべき内容が、規制委のあずかり知らぬところで作成されていたことを意味する。
原子力資料情報室の指摘を踏まえて規制庁が調査した結果、同内部資料は2022年8月29日に、規制庁の総務課法令審査室にて作成されたうえ、規制委を所管する環境省に提出されていたことが判明した。
また、同内部資料には、「規制庁内は当面、4名程度のコアメンバーで立案作業に着手」との記述もある。規制庁によれば、同9月1日には職員3名を規制庁の原子力規制企画課に併任する人事も発令されていた。しかしながら、こうした人事の発令についても、幹部職員ではないということを理由に、当時、委員長就任が内定していた山中氏をはじめとする規制委の委員に伝えられていなかった。
担当者が想像をめぐらせて記述した?
さらに驚くべきことに、同内部文書では青字で「今後、高経年化プラントの増加・長期化が見込まれるため、更に安全規制を強化」するとして次のような記述もある。
「現行は(運転期間の)60年超を想定していない⇒60年超にも対応した安全規制」
「現行は『10年毎』の要求⇒各炉のパフォーマンス実績を反映した評価期間(最大10年)」……(以下略)
これらの記述について黒川総務課長は「担当者が想像をめぐらせて書いたもので、若干書き過ぎ」と釈明。事前に規制庁長官や次長ら幹部による規制庁内部での打ち合わせがあったから記述できたと説明している。
約1100人の職員を擁する規制庁を監督する規制委の委員は委員長を含めて5人しかいない。そのため、すべての政策分野に関して、規制庁職員が細かなやりとりまで逐一規制委に報告するというのは現実的ではない。
しかし、原発の運転延長はきわめて重要な政策テーマだ。岸田文雄首相の肝いりで発足したGX実行会議でも「政治決断が求められる事項」の一つに挙げられている。
というのも、これまでの「可能な限り原発依存度を低減する」といった現行のエネルギー基本計画の方針を180度改め、「既設原発の最大限活用」へと舵を切ることになるからだ。だが、古くなった原発の運転延長は、重大事故の危険性をはらんでいる。
福島原発事故の反省や教訓を踏まえて2012年に改正された現在の炉規制法では、原発の運転期間は原則として40年と定められており、1回に限り最長で20年の延長が認められている。規制庁が今後の方針について勝手にレールを敷くことなどあってはならないことだ。
こうした規制を見直し、60年を超えて運転できるようにルール変更することが2022年12月22日付の政府による「GX実現に向けた基本方針(案)」に盛り込まれた。しかし、今回明るみに出た内部資料が作成されたのは、基本方針案の決定どころか、規制委が規制の見直しについて議論を開始した10月5日よりもはるか前の8月29日のことだ。
規制庁の調査によれば、10月5日以前に、規制庁職員とエネ庁職員の間で7度にわたり事前の面談が実施され、いずれの内容についても規制委には一切報告されていなかった。
その実態が初めて報告された2022年12月28日の規制委の定例会合では、「規制庁の職員が情報入手のために自発的に接触することは問題ない」との発言があった。他方、「こういう重要なことは、適宜、委員長、委員への報告・説明がまず重要」「きちんとした報告がなされずにずっと来ていたのはやはり不適切だったのではないか」といった指摘も委員から相次いだ。面談記録がないことについては、「透明性という観点から疑義を招く可能性がある。密室協議はしていませんといっても、証明できないではないかということになってしまう」との苦言も委員から出た。
参院の付帯決議をおろそかにした規制委
原子力規制委員会設置法案に関する2012年の参議院の付帯決議では、「独立性や中立性を確保するため」として、原発を保有する電力会社のみならず、エネ庁など原子力を推進する組織の関係者との「接触等のルールを作り透明性を図ること」と明記されている。
しかしながら、規制委や規制庁はエネ庁職員との間での面談の記録を作成するといったルールを設けず、付帯決議の趣旨をおろそかにしてきた。この一つを取っただけでも、規制委のガバナンス能力の欠如は否定しがたい。
2020年9月には規制庁職員が東京電力ホールディングス柏崎刈羽原発で起きた東電社員によるIDカード不正利用の実態を把握していながら、規制委に報告せずに放置していた。その後、マスコミ報道をきっかけに知ることになった規制委の更田豊志委員長(当時)は、「規制庁は4半期ごとの報告の中で伝えればいいと判断していた」と2021年1月の記者会見で明らかにした。柏崎刈羽原発は再稼働に向けて地元の同意を取り付けようと東電やエネ庁が積極的に動いていた時だっただけに、規制庁の対応は批判の対象となった。
政府は昨今のエネルギー危機を理由に、古くなった原発の活用に前のめりだ。今般、発覚した安全規制を取り仕切る規制委のガバナンス能力の欠如は、にわか仕立ての政策転換の危うさを物語っている。
【東洋経済オンライン】