福島第一原子力発電所にたまるトリチウムなどの放射性物質を含む処理水について原子力規制委員会は、東京電力が政府の方針に従って策定した海に流す計画を了承しました。
福島第一原発では、原子炉建屋に流れ込む地下水や雨水のほか、溶け落ちた核燃料の冷却に伴い放射性物質を含む汚染水が生じ、浄化したあとの水、いわゆる「処理水」には除去が難しいトリチウムなどの放射性物質が残ります。
政府は、増え続ける処理水を原発構内で保管し続けることはできないとして基準を下回る濃度に薄めたうえで来年春ごろから海に流す方針を決め、東京電力が実施計画を策定。
原子力規制委員会が計画を審査してきました。
規制委員会は18日の会合で、計画に記載されている処理水に含まれるトリチウムなどの濃度を放出前に確認する方法や、周辺環境や人への被ばく影響の評価など、これまでの議論をまとめた審査書の案を取り上げました。
その結果、審査の内容に問題はないとして、規制委員会は東京電力の計画を了承しました。
19日からおよそ1か月、一般から意見を募集したあと、計画を正式に認可する見通しです。
東京電力は去年12月から海洋放出に向けた海底トンネルの出入り口付近の整備工事を進めていて、今後は福島県や地元自治体の了解を得たうえで、処理水を海水で薄める設備やトンネル本体などの工事に本格的に着手し、来年4月中旬ごろの工事完了を目指しています。
ただ、地元や漁業者を中心に風評被害を懸念する声が根強く、政府と東京電力が関係者の理解をどう得ていくかが課題となっています。
専門家「国内外を問わず理解進まず」
福島第一原子力発電所にたまり続ける処理水について東京大学や福島大学などは、ことし3月22日からの7日間、国内のほか、中国や韓国など合わせて10の国と地域を対象にインターネット調査を行いました。
対象は、日本、韓国、中国、台湾、シンガポール、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカで、それぞれ20歳以上の男女各150人の300人に聞き、10の国と地域の合わせて3000人から回答を得ました。
まず、福島第一原発にたまり続ける「処理水」が、浄化設備を使ってトリチウム以外の放射性物質を国の基準を下回るまで取り除いていることを知っているか聞きました。
その結果、全体の3分の2にあたる64.8%が「知らない」と答え、国別では、
▽ロシアが77.3%、
▽イギリスが73%、
▽韓国が71.7%だったほか、
▽日本でも60.3%と6割を超えました。
また、日本政府が「処理水」を海に流す前に、除去が難しいトリチウムについて国の基準を大幅に下回るよう100倍以上に薄めたうえで海に放出する方針を決めたことについて全体の61.5%が「知らない」と回答。
国別で見ると、
▽イギリスが77%、
▽ロシアが74.7%だったほか
▽韓国が56.7%、
▽台湾が48.3%で、
▽日本でも52.7%と、半分以上が「知らない」と答えました。
仮に、政府の方針どおり海洋放出が行われた場合、福島県産の食品について「とても不安だ」と答えたのは、
▽日本で9.3%だったのに対し
▽韓国が71%と最も高く、
次いで
▽中国が49.7%、
▽フランスが43%、
▽アメリカが34.7%、
▽台湾が29.7%でした。
調査した東京大学の関谷直也准教授は「アジアをはじめ、非常に高い不安を抱いていて、国内外を問わず、処理水への理解が進んでいないことを示す結果となった。『処理水』だけでなく、福島第一原発の現状について、国際社会へ情報発信を今以上に行うとともに、説明責任を果たすことが福島の復興には重要だ」と指摘しています。
調査を踏まえ情報発信強化
福島第一原発にたまり続ける処理水の海への放出をめぐって、日本政府は、IAEA=国際原子力機関による調査や各国への情報発信の強化などで国際社会の理解につなげたい考えです。
IAEAは今後、処理水の安全性や周辺環境への影響などを評価し、報告書をまとめる方針で、日本政府はこうした第三者による評価を国内外に積極的に発信し、安全性をアピールするねらいです。
また、処理水について多言語の動画やパンフレットなどを作成し、各国の大使館や報道機関に継続的に説明するとともに、今後は、風評に関する調査を国内外で行い、その分析を踏まえて情報発信するとしています。
審査の論点と指摘
東京電力が政府の方針に従って策定した福島第一原発にたまる処理水を海に流す計画について原子力規制委員会は、去年12月から審査に入り、合わせて13回の会合を開いて議論しました。
【放出時の濃度設定】
審査で論点になったのは、処理水に含まれる放射性物質「トリチウム」の濃度をどこまで薄めて放出するかという点です。
政府の方針では、国の基準の40分の1にあたる1リットル当たり1500ベクレル未満としていて規制委員会は東京電力に対し、この方針を守るための手法を明示するよう求めました。
東京電力は、トリチウムの分析結果や混ぜ合わせる海水の量などにばらつきが出ることを考慮し、処理水を海水で薄めた後の濃度を1リットル当たり1500ベクレルよりも低くし、さらに余裕を持たせた値に設定にすると説明しました。
【緊急時の対応】
審査では、海に放出する設備に不具合があった場合など、緊急時の対応も論点となり、規制委員会は、対策を明示するよう求めました。
東京電力は、水の流れを瞬時に遮断する「緊急遮断弁」を処理水が通る配管に2か所設け、流量計や放射線を測る装置などが故障した場合でも海に流れ出ないように設計するとしました。
また、震度5弱以上の地震、津波注意報、高潮警報などが出された際には、設備が壊れるリスクを考慮して、海への放出を即座に停止する方針を示しました。
そのうえで、設備を管理する人員を常駐させ、これ以外にも異常の兆候があれば放出を停止するとしています。
原子力規制委員会の18日の会合で更田豊志委員長は「地震を感じた時に放出を止められる設計だと確認したが、安全な運用は必ずしも頻繁に止めることではなく、適切なレベルを設定すべきだ。また、処理水を移送する配管がものすごく長いので、東京電力は確認や巡視をきちんと実施してほしい」と述べました。
【周辺環境への影響評価】
さらに、審査では、処理水を海に放出した場合の周辺環境や人への被ばく影響をどう評価するかについても議論が交わされました。
規制委員会は、東京電力が示した評価について「想定したケースが極端で、国際的にみても受け入れられない」などとしてより現実的な評価を行うよう修正を求めました。
これを受けて東京電力は、通常時のほか、設備の不具合で処理水が漏れ出た場合など、より現実的な想定で評価し直したうえで、人や環境への被ばく影響はいずれも極めて小さく、国際的な基準の範囲内に十分収まると説明。
さらに、データを拡充させながら評価を継続的に見直していくとしました。
18日の会合で伴信彦委員はこの点について「極端な想定が一部残っているが適切な修正がなされたと考えている。今後は、東京電力が関係者などに対してどのように説明していくかが非常に重要なポイントになる」と指摘しました。
双葉地方町村会会長 “改めて国に要望”
福島第一原発の近くにある福島県内の8つの自治体で作る「双葉地方町村会」の会長を務める、広野町の遠藤智町長は「双葉地方の8町村はこれまで処理水について、国に責任を持って確実に、科学的にも、社会的にも住民の理解を進めるよう申し上げてきた。今後、改めて8町村としての要望を行っていきたい」と述べました。
宮城県漁協「処理水の海洋放出には断固反対」
福島第一原発にたまる処理水を海に流す東京電力の計画を原子力規制委員会が了承したことについて、宮城県漁業協同組合の寺沢春彦組合長は「宮城県内でとれるホヤは今でも一部の国への輸出ができない状態になっている。処理水の海洋放出には断固反対で、国にはまず、安心して漁業ができる環境を整えてもらいたい」と訴えています。
そのうえで「震災と原発事故のあとは宮城県産の海産物が売れず、つらかった。そんな思いをもう二度としたくない。海外から見れば宮城県の海も福島県の海も同じ地域に見えるので、宮城県にも、原発のある福島県と同等の支援を求める」として、国や東京電力に対し、地元漁業者にとって納得がいく説明と、風評被害を防ぐ具体的な対策を求める考えを示しました。
規制委 更田委員長「計画への懸念や反対の声は当然」
東京電力が政府の方針に従って進めている福島第一原発にたまる処理水を海に流す計画に地元や漁業者を中心に風評被害を懸念する声が根強いことについて、原子力規制委員会の更田豊志委員長は午後の会見で、「計画への懸念や反対の声があるのは当然だ。処理水放出への理解促進は、東京電力だけでなく、政府や私たち規制側も努力し、説明や情報発信を尽くすべきだ」と述べました。
規制委員会は東京電力の計画について、19日からおよそ1か月、一般から意見を募集したあと、計画を正式に認可する予定ですがその時期について更田委員長は、早くてもことし7月になるとする見通しを示しました。
松野官房長官「安全性を確認 関係者の理解得たい」
松野官房長官は、午後の記者会見で「去年4月に決定した基本方針に沿って、来年春をめどに処分を開始できるよう必要な準備を進めていきたい。具体的には、原子力規制委員会やIAEA=国際原子力機関が安全性をしっかり確認し、その安全性を漁業者から消費者、近隣国や地域に至るまで繰り返し分かりやすく伝えていくことで、地元をはじめ国内外の関係者の理解を得るよう取り組んでいきたい」と述べました。【NHK】