原発は「必要な規模を持続的に活用していく」
4年に一度見直されるエネルギー基本計画。経済産業省はこのほど、新たな計画案を公表した。焦点となった原子力発電所については、建て替え(リプレース)や新増設は明記せず、「必要な規模を持続的に活用していく」とする表現にとどめた。原発の将来像をめぐる判断を先送りした格好だ。
エネルギー政策にかかわる自民党幹部の一人はこう打ち明ける。「菅政権の支持率が低下の一途をたどる中、衆院選前に原子力発電所の新増設を言おうものなら世論に撃ち落とされる」。
一方で小型炉など次世代技術の研究開発を進めるとした。前述の自民党議員は「本当の勝負は衆院選後」と話す。今回示された計画案はパブリックコメントの公募を経て、10月までに最終的に閣議で決定する。衆院選後に巻き返しを図る考えだ。
小泉進次郎環境相に再エネを推進させるつもりだが…
その計画案では、再エネの2030年度の比率はいまの計画の「22~24%」から「36~38%」に引き上げる。菅首相が初の訪米時に50年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると宣言したため、30年度には排出量を13年度比で46%削減する必要に迫られた。この国際公約を達成するため、排出量の約4割を占める電力部門で再生エネを大幅に増やす。
今回のエネルギー基本計画は18年に改定した現行計画に代わるものだ。現行の計画でも再生エネは「主力電源」とされている。今回は「最優先の原則のもとで最大限の導入に取り組む」とし、再エネへのシフトを重視する。比較的早く運転を始められる太陽光を中心に増やしていく方針だ。
原発の比率は「20~22%」を維持する。燃焼時に二酸化炭素を出さない水素やアンモニア発電は1%を見込む。これらの「脱炭素電源」で59%をめざす。天然ガスや石炭などの火力発電は「41%」とし、19年度の実績(76%)の半分近くに減らす。
菅首相は、知名度の高い小泉進次郎・環境相を前面に押し出して再エネを推進することで、環境問題に関心の高い若年層などを取り込み、低迷する政権浮揚のきっかけにしたいのだろう。しかし、再エネシフトを進めながら、「安価で安定した」電力供給を続けるためには、今回のエネルギー基本計画にはいくつもの難題がある。
「太陽光発電のコストは原子力より安くなる」と言い出したが…
そもそも、経済界が最も注目する再エネや原発などの発電コストに関して、政府内でもまだ見解が定まっていない。
エネルギー基本計画案が発表される1カ月前の7月、経産相の諮問機関である総合資源エネルギー調査会のワーキンググループは、電源別の発電コストの試算を6年ぶりに見直した。そこでは、太陽光発電の2030年時点の発電コストは1キロワット時あたり「8円台前半~11円台後半」と、原子力(11円台後半以上)より安くなるとした。太陽光パネルなどの費用が下がるためで、逆転すれば初めてのこととなる。
原子力は6年前に示した試算では、30年時点で10.3円以上としていた。今回は安全対策費を上積みした結果、11円台後半以上と見積もった。ちなみに、洋上風力は30年時点で26円台前半と分析。20年時点の30円台前半より安くなるが、なお他の電源より高いとした。
環境省はこの試算を基に、供給面で不安のある再エネについて慎重な産業界を説得して脱炭素政策を一気に進めようとしていたが、これに梶山弘志経産相がかみついた。
送電網などを「限界コスト」として別途提示
天候に左右される太陽光は発電量の変動に備えるバックアップ電源などが必要になるため、「原子力発電は、太陽光や液化天然ガス(LNG)の発電と比べ遜色はない。風力なども含めた全体のなかでは低廉」と7月13日の記者会見で発言したのだ。
そこで総合資源エネルギー調査会が8月に改めて2030年時点の1キロワット時あたりの発電コストの試算を公表した。事業用の太陽光で8.2~11.8円になるとし、原発(30年時点で11.7円以上)など他の電源に比べて最もコストがかからないとした。しかし、電気を安定して届けるための送電網や蓄電設備への投資、天候不順などで太陽光などが発電できなかった場合に火力発電など別の電源を準備していく場合の費用を「限界コスト」と定義して、別途、参考値として提示した。
それによると、事業用太陽光は30年時点で18.9円、陸上風力は18.5円。一方、原子力は14.4円。LNG火力は11.2円、石炭火力は13.9円で、いずれも太陽光と風力を下回る結果となった。
ある自民党幹部は次のように不平を漏らす。
「原発がなければそれに越したことはないが、再エネの比率を上げるには兆円単位といわれる送電網の整備や蓄電池など、先立つ投資が必要となる。それをだれが負担するのか。その議論がすっぽり抜け落ちている。理念先行で走る環境省のやり方や官邸の議論の進め方には疑問がある」
東電管内の電気の使用率が「供給能力の96%」に
また別の自民党商工族の議員はこう話す。
「菅首相は政策の実効性の面で無理があるとの周囲の声に耳を傾けない。すでに求心力を失った菅首相に付き合うつもりはない」
再エネ拡大を叫ぶ菅政権=官邸だが、足元では今年の年初と同様の厳しい電力事情が日本を覆っている。
7月19日の東京電力管内。17~18時の電気の使用率が供給能力の96%に達した。通常、使用率が95%以上になると、需給が「厳しい」と判定される。データを公表している19年以降で7月にこの水準を超えたのは初めてだ。8月に入っても1日からの第一週のうち、4日に95%、残る平日は93~94%と高い水準が続く。
夏場は電力需要が年間で最も強まるが、その一方で太陽光の発電量も増えるため、電力の逼迫ひっぱくはそう起きないとされる。しかし、今年の夏は綱渡りの状態だ。東電などは契約している発電所でトラブルが起きないよう発電事業者に常時呼び掛けている。
政府は火力発電所の稼働を「一時的な措置」として要請
さらに問題なのは太陽光の出力が落ちる冬場だ。供給力は本来なら想定する最大需要を3%は上回る必要があるが、22年1~2月は東電管内ではその余裕を持てない見通しだ。
この状況で東電や経産省が頼りにするのが、火力発電所だ。本来なら、脱炭素を進めるうえで、廃止を進めるべき存在の火力発電所だが、政府は休止中や点検予定の火力発電所の稼働を「一時的な措置」として全国の発電事業者に要請している。
ただ、老朽化や低い採算性からこの5年間に原発10基分にあたる1000万キロワットの石油火力などを削減してきた既存の発電事業者にとって、この要請に対する受け止めは複雑だ。「脱炭素といって廃棄を迫ってきたのに急に維持しろと言われても人繰りや資金面で厳しい。だれがその費用を負担してくれるのか」(西日本の大手電力)との声も上がる。
また、火力発電の主流である液化天然ガス(LNG)火力は需要期でない夏場にもかかわらず価格が高騰している。LNGのアジア市場のスポット(随時契約)価格は8月上旬時点で100万BTU(英国熱量単位)あたり16.9ドルと、1年前の5倍以上も高くなっている。夏場としては2012年以来の高水準だ。
「脱炭素」と「電力の安定供給」の両立は一向に見通せない
新型コロナウイルスの感染拡大が収束し、いち早く経済活動を再開した中国は折からの脱炭素の動きもあって、1~6月のLNG輸入量は3978万トンと前年同期比で3割近く増えた。世界最大の輸入国だった日本の同期間(7%増の3889万トン)を半期ベースで初めて抜いた。
さらに、年初のアジアを襲った寒波で中東や米国のアジア向け輸出が増えた影響で、欧州の天然ガス在庫が払底。LNGをアジアと欧州で奪い合っていることも加わり、需要期の冬場に向けて、LNG相場の高騰は続く見通しだ。
脱炭素を進めようにも、原発の位置づけがあいまいなため、再エネ比率の引き上げは数字合わせにすぎない。LNGや石油・石炭火力など脱炭素と相容れない電源がなければ、電力の安定供給を維持できないからだ。頼みの火力発電も主力のLNG価格の高騰で、電気料金の値上げにつながりかねない。「脱炭素」と「電力の安定供給」の両立は一向に見通せない。
東日本大震災による東電・福島第一原発の事故以降、原発をどう位置づけるかという議論は、「選挙」を理由にいつも先延ばしされてきた。今回もそうなる可能性が高い。内燃機関を生んだ欧州自動車メーカーでは新車販売の2割がすでに電気自動車となった。高い電気料金がかかるうえに、再エネ由来の部品を採用しない車両は輸出できないという措置が欧米で採用されれば、日本の雇用を支える一大産業である自動車を含め、日本の各メーカーは一斉に日本から逃避することになる。
震災後10年にわたる不作為のツケを払うべく、政治の覚悟が問われている。【PRESIDENTonline】