東日本大震災から10年。事故が起きた東京電力福島第一原発の廃炉作業は、多額の国費を投じて、最難関と見られる溶融核燃料(デブリ)の取り出しを準備する。原発増設に向けた動きも表面化してきた。だが、専門家からは疑問の声が相次ぐ。ジャーナリストの桐島瞬氏が現状を報告する。
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2月13日、福島沖をマグニチュード7.3の地震が襲った。福島第一原発のある福島県大熊町と双葉町の震度は6弱。10年前の6強に迫る揺れだった。
この地震で、原発内には数々の異変が起きていた。5、6号機の使用済み燃料プールの水が揺れであふれ、同時に1、3号機の格納容器内の水位が低下。さらに1号機の格納容器内の圧力も大きく下がったままだ(3月5日現在)。東京電力によると、原因はまだわかっていない。
福島第一原発の廃炉作業に関わるプラント関連企業の幹部が言う。
「1号機の格納容器の圧力が下がったということは、充填している窒素ガスが外へ漏れ出たということ。窒素ガスは格納容器内での水素ガスの発生を抑えるために入れているため、それが減って酸素が増えれば出火リスクが高まります。万一、大きな火災にでもなれば、住民が避難しなければならなくなる事態もあり得ます」
こうしたリスクに加え、東京電力の気の緩みと思える失態もあった。
昨年、3号機に設置した2台の地震計の故障を放置していたため、揺れのデータを記録できなかったのだ。これには梶山弘志経済産業相が「誠に遺憾」と述べ、原子力規制委員会も東電の対応を検証する考えを示した。
デブリは1号機から3号機まで約880トンあるとされ、国際廃炉研究開発機構(IRID)が試験的取り出しの準備を進めている。
「2号機の格納容器に横から長さ約22メートル、重さ約4.6トンのロボットアームを差し込み、粉状の燃料デブリ1グラム程度を数回に分けて取り出します。試験的取り出しが終われば、アームの長さを短くして重さ20キロ程度まで持てるようにして、段階的に多くのデブリ取り出しを進める予定です」(IRID広報部)
試験的取り出しは本来なら今年から始まる予定だったが、新型コロナウイルスの影響で英国でのロボットアームの開発が遅れているため、1年程度延期された。
しかし、そもそもデブリの取り出しはできないとの声も専門家の間から聞こえてくる。元ゼネラル・エレクトリック・ニュークリアエナジーの社員として、同社の福島第一原発事務所長を務めた佐藤暁氏もその一人だ。
「デブリは溶融熱でコンクリートを溶かしながら、格納容器下部にあるペデスタル(基礎部分)やさらにその下の底へ広がり、構造物にこびりついています。ロボットアームを格納容器の横から入れて、数グラム程度のデブリ採取なら可能ですが、本格取り出しとなると難易度のレベルが全く違う。アームを複雑に動かしながら底部に固着したデブリを取り除き、さらに上部の圧力容器に向けても伸ばしていくことなど、今の技術でできるわけがありません」
仮に2号機で試験的な取り出しができたとしても、1号機と3号機は放射線量が高く、試験的な取り出しすら困難だという。
「結局、2号機で数グラムのデブリを採取したら手詰まりになるのは目に見えている。その後は他の方法を考えることになるでしょう。全量取り出しができないことぐらい原子炉の専門家なら明白にわかることですが、最初に方針を掲げてしまったため、後戻りできないでいるのです」(佐藤氏)
デブリの全量取り出しを決めた背景には、地元への配慮があるからだという。だが、いまのまま突き進めば、取り出しにかかる1兆3700億円が無駄になりかねない。
なぜトラブルが多発するのか。先ほどの幹部はこう指摘する。
「現場にベテラン作業員がほとんどいなくなってしまったのが一つの原因です。そのうえ、廃炉作業に関する世間の関心も薄れつつある。現場の緊張感が薄れ、本来なら起こり得ないことが起きているのです」
そんな中、廃炉作業は最難関と見られるデブリの取り出しが始まろうとしている。原発事故の際に、圧力容器や格納容器のあちこちに飛び散り溶け落ちた核燃料を取り出す作業だ。
では、どうすればよいのか。佐藤氏や市民シンクタンク「原子力市民委員会」では、デブリを取り出さずに原子炉内に保存する「長期遮蔽(しゃへい)管理」を提唱する。原子力安全委員会事務局で技術参与を務めた経験を持つ同委員会メンバーの滝谷紘一氏が説明する。
「現在は格納容器内に水を注いでデブリを冷やしていますが、それを自然空冷で冷やします。事故から10年が経過した現在、デブリの発熱量は多く見積もっても45キロワット程度。比較的温度の高い圧力容器内のデブリでも中心温度はセ氏430度ほどで、溶融温度の2800度と比べて余裕がある。自然対流による循環で十分冷やせるのです」
格納容器内に充填した窒素ガスがデブリを冷やし、熱を持った窒素は容器の鋼板とコンクリートの間にあるおよそ5センチの隙間を煙突効果で上昇。運転床上(オペレーションフロア)の空間で自然に冷やされた後、原子炉建屋内を下降し、両側下部にあるトーラス室から再び格納容器内へ入る仕組みだ。
「放射性物質を環境中に出さないようにするために原子炉建屋内は負圧(屋外に比べて気圧が低いこと)にし、建屋の周囲はコンクリートのパネルで覆います。新たに作るのは仕切り壁やダクトぐらいでコストも抑えられる。水を使わないことで汚染水が増えないのもメリットです」
滝谷氏は、そう説明する。
東電は汚染水を海洋放出し、汚染水タンク跡地を取り出したデブリの保管場所にする予定でいる。デブリを取り出さず原子炉建屋内に保管すれば、たまっている汚染水の処分も先延ばしにすることができる。
さらに前出の佐藤氏は、福島第一原発の敷地を囲いながら海へつながる堀をつくることを提案する。地下水が原子炉をバイパスすれば、汚染水の発生を防げるからだ。
滝谷氏と同じ原子力市民委員会のメンバーで、元プラント技術者の筒井哲郎氏も、急いでデブリを取り出す必要はないと話す。
「最終処分場が決まっていない現状では、デブリを取り出したとしても福島第一原発の敷地内に保管することになる。管理の難しさやテロの標的になるリスクを考えたら、原子炉内に置いておくほうがまだまし。いずれ安全に取り出せる技術が確立されるかもしれません」
一方、東電はデブリを取り出す理由を「形状も状態もわからないデブリを建屋内にとどめることのほうがリスク」(広報部)とし、10年単位で時間がかかろうと全量取り出しを進める方針だ。そうなれば、実現可能かわからない計画に膨大な国費が投じられることになる。
筒井氏は、一度決めたことが変わらないシステムが問題だと指摘する。
「デブリの取り出しが困難でも、計画を組み直す体制が行政や政府にない。いまのままでは廃炉作業がスケジュールどおりにいかないことをみんなわかっていながら、誰も責任を取らない形で突き進んでしまっています」
遠回りをしないためにも、いまこそ政治的な決断が必要だ。
※週刊朝日 2021年3月19日号【AERA】