9月30日に仙台高等裁判所で、福島第一原子力発電所事故に関して国および東京電力の責任を認め、被害を受けた住民に総額10億1000万円の損害賠償を命じる判決が出た。
この「生業を返せ、地域を返せ! 福島原発訴訟」(通称、「生業訴訟」)は、原告の総数が約3650人にのぼり、全国で提起されている約30にのぼる集団訴訟の中でも最大の規模だ。
高裁段階で国の法的責任が認められたのは初めてで、ほかの裁判への波及も予想される。原告弁護団事務局長の馬奈木厳太郎弁護士に、裁判の勝因と判決の意義について聞いた。
広域で被害者の救済が認められた
――仙台高等裁判所が出した今回の判決を、原告弁護団としてどう受け止めましたか。
国や東電の法的責任の認定(=責任論)、被害者の救済(=損害論)のいずれにおいても、福島地方裁判所の一審判決よりも踏み込んだ内容だ。
一審判決では国の責任割合は東電の2分の1にとどまったが、今回は規制権限を適切に行使しなかったことの重大性などから、国についても東電と同等の責任があると認定された。
このことは、安全対策など今後の原子力行政のあり方にも大きな影響を与えるものだ。加えて、被害が福島県全域および隣接県にわたるもので、被害者の救済が必要だと認められたことも意義深い。
――そもそも「生業訴訟」とはどのような裁判ですか。
「生業を返せ、地域を返せ!」というネーミングの通り、何よりも原発事故の前の平穏な暮らしを取り戻すことを求めた裁判だ。
また、原告にとどまらない被害救済を求めており、脱原発を目指している点も特徴的だ。原発事故前の空間放射線量に戻せという「原状回復」の請求については一審と同様に「作為の内容が特定されていない」として二審でも却下された。
しかし、高裁判決は原告の請求について「心情的には共感を禁じ得ない」と述べている。「元の生活を返せ」という旗印があったからこそ、第一陣・第二陣あわせて約4500名の原告が集まった。
――今回の裁判では何が争点になりましたか。
責任論に関しては、津波の襲来の可能性および津波による非常用ディーゼル発電機や配電盤などの重要設備の浸水被害、その結果としての重大事故を予見できたか否か(=予見可能性)、また、必要な対策を講じていれば重大事故を防げたか(=結果回避可能性)が、一審と同様に争点になった。
重大事故の予見可能性については、2002年7月に公表された国の地震調査研究推進本部(以下、地震本部)の報告書である「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下、「長期評価」)の信頼性が争われた。
高裁判決は、「長期評価」を踏まえて福島県沖の海底地盤で津波を引き起こす地震が起こりうることを前提に東電がシミュレーションを実施していれば、福島第一原発の敷地高さ(O.P.(小名浜港工事基準面)+10メートル)を上回る津波による浸水は遅くとも2002年末までには予想できたと結論付けた。そのうえで、設備の水密化など必要な対策を講じていれば、今回の重大事故は回避できたと認定した。原告の主張に理があると認めた内容だ。
独自に入手した証拠の提出や専門家の証人尋問に加え、東電の旧経営陣を対象とした刑事訴訟や株主代表訴訟などで提出された証拠なども活用し、「長期評価」の重要性や信頼性の立証に全力を注いだ。現在、東京高等裁判所で争っている、群馬県や千葉県に避難した原告が提起している訴訟の弁護団とも連携し、責任論の立証を進めてきた。
国や東電の主張は一蹴
――国や東電はどのような反論を展開しましたか。
国や東電は、津波による浸水は予見できず、重大事故を回避することもできなかったと反論した。両者(国、東電)は「長期評価」について信頼性が乏しいと主張したが、裁判所はそうした主張を一蹴した。
「長期評価」自体が、阪神淡路大震災を踏まえて法律に基づき設置された国の機関で、一線級の専門家や研究者による検討を元に作成・公表されたものであり、その信頼性は揺らがないと判断。その内容を無視したり、その知見を取り入れないという発想は適当ではないとした。
――判決文ではかなり厳しい表現が目立ちました。
例えば、東電の責任について、判決文はこう述べている。
「新たな防災対策に求められる負担の大きさを恐れるばかりで、そうした新たな防災対策を極力回避し、あるいは先延ばしにしたいとの思惑のみが目立っていると言わざるをえないが、このような東電の姿勢は、原発の安全性を維持すべく、安全寄りに原発を管理運営すべき原子力事業者としてはあるまじきものであったとの批判を免れないというべきである」
当時の監督官庁であった原子力安全・保安院(以下、保安院)が規制権限を行使せずに、東電の姿勢にお墨付きを与えたことについて、次のように批判している。
「結局、この時点(=2002年時点)の保安院の対応は、結果としては、国の一機関(=地震本部地震調査委員会)に多くの専門分野の学者が集まり議論して作成・公表した長期評価の見解について、その一構成員で反対趣旨の論文を発表していた一人の学者のみに問い合わせて同見解の信頼性をきわめて限定的にとらえるという、東電による不誠実とも言える報告を唯々諾々と受け入れることとなったものであり、規制当局に期待される役割を果たさなかったものと言わざるをえない」
「一般に営利企業たる原子力事業者においては、利益を重視する余り、ややもすれば費用を要する安全対策を怠る方向に向かいがちな傾向が生じることは否定できないから、規制当局としては、原子力事業者にそうした傾向が生じていないかを不断に注視しつつ、安全寄りの指導・規制をしていくことが期待されていたというべきであって、上記対応は規制当局の姿勢として不十分なものであったとの批判を免れない」
この判決の、責任論におけるハイライトの一つは今挙げた箇所だ。これまでに国の責任を認めない判決もあり、今回で国との争いでは「8勝6敗になった」などと言われるが、今回の判決は単に8勝目ということではない。
福島原発事故の責任の究明のみならず、現在および将来の規制のありように警鐘を鳴らし、一石を投じたという意味でも、責任論のレベルにおいてはこれまでの判決の中で最高水準のものと言える。国や東電を相手取っている他の民事訴訟や、東電の旧経営陣を対象とした刑事訴訟への影響も大きい。
福島県外の被害者にも賠償を認めた
――原告の救済についても、一審判決よりも大きく前進しました。
重要な点は、国や東電の法的責任を認めたうえで、その責任の重さを、賠償額を算定するうえでの考慮要素にするとしていることだ。
これまで被害者への慰謝料の金額は、原子力損害賠償法の無過失責任原則およびそれに基づいて国が定めた「中間指針」を踏まえて東電が決めてきた。しかし、過失の有無を問わないことから必然的に賠償水準は低くなるうえ、加害者である国や東電が賠償の基準、すなわち対象範囲や金額を決めるという問題があった。現行の賠償基準では、会津地方や栃木県、茨城県などの住民は対象外とされてきた。
今回の高裁判決は、福島県の会津地方や栃木県の妊婦・子どもの原告に対しても被害の存在を認めた。その結果、賠償対象者は原告総数約3650人のうち約3400人に広がった(一審では約2900人)。
また、原発周辺の自治体に在住し、避難指示の対象となった「帰還困難区域」や「旧居住制限区域」「旧避難指示解除準備区域」の原告に対しても、中間指針に基づき東電が支払ってきた金額からの大幅な上積み(1人につき150万円〈帰還困難区域〉、300万円〈旧居住制限区域〉、250万円〈旧避難指示解除準備区域〉)を認めた。その結果、賠償総額は約10億1000万円と、地裁判決の5億円から倍増した。
一審判決では認められていた茨城県の原告の被害が認められず、福島市や郡山市など「自主的避難等対象区域」の住民への賠償の上積み額が一審判決の水準から減額されるなどの問題はあるが、全体としては大きな前進となった。
――どのような取り組みが勝訴の要因に挙げられますか。
原告の申し立てを受け、仙台高裁の裁判官が帰還困難区域や旧居住制限区域などに自ら足を運んで被害の実態について検証したことが大きかった。
一審判決の結審日(審理の終結日)は福島県浪江町や富岡町などで大規模な避難指示解除が実施される直前の2017年3月17日だった。被害額の算定においては結審日までが対象とされるため、一審ではその後の被害に関して賠償額算定のうえで考慮されないという問題があった。
これに対して二審では避難指示解除後の実態についても立証ができた。二審においても現地検証が実施され、裁判官には解除後も続く被害の実態を見てもらうことができた。
また、一審に続いて二審でも本人尋問が実施され、被害者の生活史が語られ、被害に関する社会的事実についても多角的に立証できた。こうしたことが、賠償範囲の拡大や賠償水準の上積みにつながった。
責任論の攻防は決着している
―――今回の判決を踏まえて何を望んでいますか。
責任論についての攻防は事実上決着したと考えている。高裁の判決を待たずに亡くなった原告はすでに100人近くにのぼる。それだけに一日も早い被害者の救済が求められる。
国や東電には法的責任があるという前提に立って方針を転換してもらいたい。しかしながら国も東電も10月13日に最高裁判所に上告し、なお争う構えを見せている。原告側もやむなく上告したが、国や東電は解決を先延ばしにすべきではない。
――法廷内外で、今後どのような取り組みを検討していますか。
最高裁判決まで2~3年かかる可能性がある。他方で、第二陣の訴訟が福島地裁で続いている。原告のうちで多くを占める、福島市などの自主的避難等対象区域の賠償額を増額させる必要がある。そのため、新たな原告による追加提訴も検討している。
訴訟に参加することの難しい住民への救済水準の引き上げも実現すべく、国に法的責任があることを前提とした形での賠償基準の見直しや救済制度の具体化を求めていきたい。そのためにも、福島県や近隣県、福島県内外の自治体や議会、国会議員などに、早期救済を国に求めるよう働き掛けていきたい。【東洋経済ONLINE】
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まなぎ・いずたろう/1975年生まれ、福岡県出身。大学専任講師を経て現職。生業訴訟のほか、広野町の高野病院、福島市の竹林偽装除染監査請求などの代理人を務める。演劇・映画界の#MeTooやパワハラにも取り組んでいる。ドキュメンタリー映画では、『大地を受け継ぐ』(井上淳一監督、2015年)企画、『わたしは分断を許さない』(堀潤監督、2020年)プロデューサーを務めた(撮影:梅谷秀司)