東京電力福島第一原発の処理済み汚染水に含まれる放射性トリチウムを分離する技術について、政府は「実現性なし」と結論づけ、薄めて海か大気に放出することを前提に議論を進めている。一方、「99%以上取ることができる」と政府に再考を求めるコンサル企業がある。その技術は経済産業省が資金を出し、ロシアで確立されているというのだ。
「分離はそんなに難しい技術じゃないんです」
東京の経営コンサル会社「ソリューション・アイズ・イニシアティブ」(SEI)のアドバイザーで、電力中央研究所の元研究員の常磐井(ときわい)守泰さん(75)はそう話す。同社はエネルギー分野に詳しく、常磐井さんも次世代原子炉を長く研究した専門家の一人だ。
同社が着目したのは、第一原発事故後、汚染水対策に取り組む経産省が2014年に国際公募したトリチウムの分離試験事業だ。米国、ロシア、日本の3社の案が採択され、中でもロシアの国営原子力企業「ロスアトム」の子会社「ロスラオ」(現FEO)が実施した試験は「満足なデータが得られており、実現性がある」と評価する。
この試験施設は約5億7千万円を経産省が負担し、14年10月に着工され、16年2月にロシア・サンクトペテルブルク近郊に完成。3月末までの2カ月間稼働し、データが取られた。
常磐井さんによると、分離方法は、水(100度)とトリチウム(101・5度)の沸点の違いを生かし、水を蒸発させて液体に戻す。これを高さ43メートルの蒸留塔(約350段)で繰り返し、トリチウムを分離する。常磐井さんは「やかんが350個並ぶイメージ。濃縮されたトリチウム(1リットルあたり36億ベクレル)が残る形になる」と話す。
試験では、1リットルあたり500万ベクレルのトリチウム濃度(実際の第一原発のタンクの平均濃度は73万ベクレル)が、11日間でWHOの飲料水基準値の1万ベクレルと500分の1になった。これは経産省が求めたレベルの5倍の分離性能だったという。常磐井さんは「ロスラオが試験前に予測した計算通りの結果で、技術力が高いことを示している」と評価する。
この試験施設の1日あたり処理量は4・8トン。ロスラオは蒸留塔を40本に増やすなどして、100倍の1日480トンが処理できる実用施設を政府に提案した。
だが、常磐井さんによると、この試験を含めた分離技術は政府内で十分な議論がされなかったという。ロスラオの試験からまもない16年6月、経産省の専門家による会合「トリチウム水タスクフォース」は「直ちに実用化できる段階にある技術が確認されなかった」と早々と結論づけ、以後は海洋放出などの議論に移った。
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SEIは、ロスラオの試験結果や実用施設を分析。処理水を約80万トン、中に含まれるトリチウムの総量を1千兆ベクレルと想定したところ、99・8%を除去でき、放出するのは残る0・2%と結論づけた。濃度は1リットルあたり1万ベクレル、事故前の第一原発の年間放出量(約2兆ベクレル)以下で、計算上は約4年半で全量処理できるとしたロスラオの評価を「妥当」とした。
また、蒸留塔を高さ69メートルに伸ばせば、東電のトリチウムの排水基準(1リットルあたり1500ベクレル)にも対応できるという。
現在、タンクにたまる処理済み汚染水は約120万トンで、トリチウムの総量は約860兆ベクレル。海洋放出の場合、処理水を大量の海水で薄めるため、最大30年ほどかかる。
ただ、費用面では海洋放出は34億円(政府試算)だが、分離技術は建設費や運転費など含め約790億円とロスラオは試算する。常磐井さんは「放出量を事故前のレベルに減らせば風評被害は抑えることができる。10年あれば処分の完了もでき、費用対効果は十分にあるはず」と言う。
取り出した濃縮トリチウムは固化すれば、体積は6千分の1に減り、4千平方メートルほどの倉庫で長期保管をすればいいという。
常磐井さんは「政府はデータの評価や試験の追加をすれば答えは出ていた」と指摘する。ただ、ロスラオが実験を行った16年ごろはまだ汚染水の発生量も多く切迫した状態で、「分離技術の議論どころではなかったのでは」とも言う。試験施設は予算の面から動いていないが、まだ解体はされていないという。
「処分方法は風評被害が焦点に変わった。円満解決は分離技術の活用しかない」と政府や東電に再検討を求めている。
一方、経産省に改めてロスラオの試験結果について取材すると、担当者は「更なるデータ取得が必要であることに加え、実プラントには、長期運転や安定性の試験も行う必要がある」と指摘。事業費についても「過小評価」とし、日本の建築基準法や原子力施設の要求事項に合わせると更に膨らむと考える関係者もいるという。【朝日新聞】