政府がエネルギー供給や温暖化対策の柱に据える原子力発電所が2020年内に相次いで停止する。原子力規制委員会が課すテロ対策施設の完成期限を守れず、3月以降に九州電力、関西電力の4基が順次止まる。裁判所の仮処分で運転差し止め中の四国電力の1基を含めると停止原発は年内に最大5基に達し、稼働可能な原発は9基から半減する。基幹電源と位置づけながら安定した運転には程遠く、エネルギー政策がうたう最適な電源構成の達成はおぼつかない。
九電は川内原発(鹿児島県薩摩川内市)1号機を3月16日に止める。運転再開は12月下旬の予定だ。通常3カ月の定期検査を延長し、テロ対策施設の完成を目指す。
テロ対策施設は「特定重大事故等対処施設」と呼ぶ。原発がテロに遭っても遠隔で対応を担う施設だ。11年の東京電力福島第1原発事故の反省に基づく新規制基準で設置を義務づけた。
完成期限は原発本体の工事計画が認められてから5年以内。「猶予期間中」は運転できても、期限を過ぎれば完成までは止めなければならない。
だが今後、期限切れで停止になる原発が続出する。川内1号機は3月17日に全国の原発で最初に迎える期限に間に合わない。5月には川内2号機、8月に関電の高浜原発(福井県高浜町)3号機、10月に高浜4号機も期限を守れずに停止する。いずれも年内から21年の完成を目指す。
テロ対策施設は、山を切り開くなど大規模な工事が必要な場合が多い。新規制基準に合格して再稼働した原発は9基。このうち4基がテロ対策施設の不備で20年に止まることになる。
さらに、関電の大飯原発3、4号機(福井県おおい町)など他の再稼働済み原発も22年に期限を迎え、テロ対策施設の建設の遅れが懸念されている。
このほか、四国電力の伊方原発(愛媛県伊方町)3号機は1月に広島高裁が運転差し止めの仮処分を決定し、運転再開のめどが立たない。21年3月にテロ対策施設の完成期限も迫る。
テロ対策施設の建設が遅れている問題は、政府や電力会社の危機感の乏しさを表している。国のエネルギー政策は安全が確認できた原発を再稼働し、電力の安定供給を果たすとしてきた。テロ対策の重要性がわかっていながら、準備が不十分だった面は否めない。
原発の活用が心もとないとなれば、地球温暖化の元凶として国際社会が批判する火力発電への依存が強まる。福島事故前の09年度に総発電量に占める火力の割合は約60%だったが、稼働原発がゼロになった13年度には90%近くまで高まった。このときは原油価格の高騰も重なり、電力各社は収益が悪化し、電気料金の引き上げも相次いだ。
原発の一部が再稼働しても、8割(17年度)を火力に頼る。太陽光発電など再生可能エネルギーの割合は徐々に増えてきたが、原発が停止した分を補えない。
18年度は原子力発電の割合は約6%と7年ぶりの水準に回復した。それでも日本エネルギー経済研究所の試算では、20年度に新たに再稼働する原発がない場合、テロ対策施設の遅れによる停止が響き、4%台に再び下がる。
原発が1基止まると、火力発電に充てる燃料費が1カ月あたり数十億円増える。停止が繰り返されるようなら電力会社の収益を圧迫し、国民生活に関わる電気料金に跳ね返る懸念も消えない。
政府のエネルギー基本計画では、30年度に発電量の20~22%を原発でまかなう。電力の安定供給とともに温暖化対策の一環と位置づける。達成には約30基の稼働が必要になるものの、長期化する安全審査や地元同意手続きにテロ対策施設の相次ぐ遅れなどが加わり、「このままでは難しい」(日本エネルギー経済研究所の村上朋子研究主幹)との見方が多い。【日本経済新聞】