原子力発電所の新しい検査制度が4月に始まる。国際原子力機関(IAEA)からの改善勧告を受けて、原子力規制委員会は日時と検査項目を事前に伝えるやり方から、検査官がいつでもどこでも入れる「フリーアクセス方式」に移行する。試運用では電力会社が長年放置したミスを発見するなど効果も出ている。原発の安全性向上につなげられるかが焦点だ。
「あれ、この配管は何だろう」。30年以上誰も気づかなかった原発での間違いを見つけた端緒は検査官の何気ない一言だった。規制委を実動部隊として支える原子力規制庁は2019年11月下旬から12月中旬にかけて、北海道電力泊原子力発電所(北海道泊村)で放射線管理分野のチーム検査を実施した。
放射線量の計測などがルール通りされているかを確認する検査だ。新検査制度の試運用として実施した。原発内を見回っていた検査官がある配管の役割を北電の担当者に尋ねた。廃棄物処理建屋の排気にきれいな空気を半分入れて薄めるための関連設備だという。
「報告する放射性物質の濃度は元の濃度に計算し直しているのか」。検査官の指摘に北電が確認すると、薄めたままの濃度を国や自治体などに報告していたことが判明した。
泊原発1号機の試運転が始まった1988年から実に31年も計算を間違えて低く評価していた。意図的なものではなく、正しい濃度でも環境への影響はないほど十分低いが、北電は19年12月に「道民の皆さまの信頼を損ねる結果となった」と謝罪した。
原子力規制委の更田豊志委員長は「放射性物質の量がごくわずかだからと言って、軽視されて良いものではない。新検査制度の効果が出た」と話す。従来の制度について「チェックリストに載っていないものは問いかけをしないことが多かった」と問題点を指摘した。
規制委が検査制度を見直したきっかけはIAEAから16年に硬直的などと指摘されたためだ。規制委は関係法令や規則を見直して、18年10月から試運用を始めた。
規制委が実施する従来の検査は、年4回の保安検査や13カ月に1度の施設定期検査など複数あった。多くの検査は事前に検査の時期や項目を電力会社に伝えたうえで実施していた。規制庁関係者は「厳しく検査しているつもりでも、マンネリ化や電力会社の緩みにつながる可能性がゼロではなかった」と話す。
新検査制度では検査を一本化した。検査官がいつでも立ち入れるほか、保管する書類などの情報も自由に閲覧できるフリーアクセス方式を取り入れた。原子力先進国の米国やフランスなどが同方式を導入しており、規制委は米国を手本にして新検査制度を見直した。
安全上のリスクが高い項目は入念に調べるなど重要性に応じて、軽重を付けて検査できるようにした。年に1度、原発ごとに安全確保の状態を5段階で評価し、評価が悪くなると大規模な追加検査に入る。1月に約4年ぶりに規制委の調査に来たIAEAは1月21日、新検査制度などを踏まえて「大きな進展があった」と評価した。ただ本格運用はこれからだ。
裁量が大きくなった検査官の能力が検査の質を左右する。規制委は検査官の育成プログラムを充実させるなどして対応する。原子力に厳しい目が注がれる中、有能な検査官を育て続けなければ、新制度は十分な効果を発揮できない。【日本経済新聞】