エネルギーを語ろう
福島第一原発事故の後、原発推進の旗頭だった関西電力。その役員らが、原発が立地する福井県高浜町の元助役から多額の金品を受けとっていた問題が発覚しました。なぜ、このようなことが起きたのでしょうか。この不祥事は関電の原子力事業や日本全体の電力政策にどんな影響を及ぼすのでしょうか。エネルギー産業に詳しく、原発は必要だという主張をもつ東京理科大学大学院の橘川武郎教授に聞きました。
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インタビューのやりとりを紹介する前に、関電問題の経緯を簡単にまとめておきます。
関電の岩根茂樹社長は9月27日、岩根氏自身や八木誠会長を含む役員ら計20人が、関電の高浜原発が立地する福井県高浜町の森山栄治元助役(故人)から私的に金品を受け取っていたと明らかにしました。その後、公表された社内調査報告書では、2006~17年の間、役員らが現金や金貨、高額なスーツ仕立券などを受け取っていた実態が明らかになりました。原子力部門の中枢を担った豊松秀己・元副社長と鈴木聡・常務執行役員の2人にはそれぞれ1億円超が渡っていました。
批判を受け、関電は八木会長ら7人が辞任すると発表。この問題に関する第三者委員会の調査結果は年内にまとまる見通しです。
関電は、大手電力の中でも原発への依存度が高く、再稼働の旗振り役も担ってきました。原発事故後の新規制基準に基づいて再稼働した原発9基のうち、4基は関電(高浜3、4号機と大飯3、4号機)です。関電はさらに、運転が40年を超え、20年の延長が認められた高浜1、2号機と、美浜3号機の3基を来年夏以降、順次、再稼働させる計画でした。
企業統治「弁解の余地なし」
――最初の会見で岩根社長は「不適切だが、違法ではない」と説明しました。
「昨秋の内部調査で全容が分かっていたのであれば、せめて今年の株主総会の前に公表するべきでした。株主に大きな損害を与えるのですから。コーポレートガバナンス(企業統治)に照らして、まったく弁解の余地はありません。株主代表訴訟の対象になってもおかしくありません」
「関電は1970年、東京電力に先駆けて、美浜原発1号機が大阪万博に『原子の灯』を送電したことから、原子力のパイオニアのイメージがありました。しかし、東電による業界支配が長く続き、経営力を落としていたのかもしれませんね。福島の原発事故のあと、関電に対する期待値は上がっていたのですが」
インタビュー後半では、関電問題が日本の原発政策に及ぼす影響について聞きます。
再稼働で地元に仕事落とそうと?
――森山氏が金品をばらまいた狙いは何だったのでしょうか?
「関電は原発の再稼働戦略で、比較的新しい高浜3、4号機と大飯3、4号機だけでなく、古くて小さい高浜1、2号機も動かそうとしていました。それが私には不思議だったのです。関電の戦略として、美浜で(廃炉を決めた1、2号機に代わり)4号機を新たに建てるリプレース(建て替え)がベストなはずです。あくまで推測ですが、森山氏は、顧問を務めていた吉田開発の仕事を増やせ、つまり高浜1、2号機を動かせ、と関電に働きかけたのではないでしょうか」
――関電はとにかく再稼働を急ぎたかったのでは。
「それは確かにあります。原発が止まって経営が厳しくなり、関電は社員の給料を、原発事故を起こした東電の水準よりも下げたぐらいです。ですから再稼働に必死だったのですが、美浜4号機を新設すると、関電の発電能力としては十分足りることになり、高浜1、2号機はいらなくなります。そんななか、森山氏はなんとか高浜に仕事を落とそうと動いたのではないでしょうか」
原子力政策への影響は?
――1億円超を受け取っていた豊松元副社長は、関電の原子力部門の中枢を担っていました。
「豊松氏は関電だけでなく、日本全体の原発推進のキーマンでした。私自身は、脱炭素のために原子力に意味があるという考えですので、豊松氏に期待していたのです。今年初めに豊松氏に会ったとき、『今年中に美浜4号機の新設を表明したい』と語っていました。彼の行動力抜きに美浜4号の新設は無理だと思っていました」
――日本の原子力政策、電力政策全体にも影響は及ぶのでしょうか。
「極めて大きな影響があります。安倍政権が誕生して7年近くがたちましたが、この間につくられた第4次と第5次のエネルギー基本計画に『リプレース(建て替え)』を明記できませんでした。日本の原子力政策はリプレースができるかどうかが最大のポイントです。原発を推進したい資源エネルギー庁はそれを言いたいのですが、官邸の選挙への影響懸念からか、結局、打ち出せませんでした。一方で、2030年度の原発の比率は20~22%としました。この数字はリプレース抜きには実現できません。矛盾しています」
「そんな状況下、原子力が生き残れるとしたら、政府ではなく民間のほうがリプレースを言う、というのが唯一の道でした。豊松氏らは、それを実行できる担い手だったのですが、今回の件でいなくなってしまいました。だから影響が大きいのです」
「原発は野垂れ死にする」
――電力政策にはどう影響しますか?
「私は、美浜4号機を皮切りに、九州電力の川内3号機、日本原子力発電の敦賀3、4号機と新設が続けば、日本の原子力産業が再び活性化する可能性があると考えていました。しかし、リプレースが進まないとなると、発電所への過少投資から電力不足に陥り、電気料金が上がる恐れもあります」
――関電の問題で、原発に対する国民の不信感は強まったように感じます。
「こうした状況では、来年から議論する第6次エネルギー基本計画でも、政府はリプレースも、原発を含む電源構成の数字も出さないのではないでしょうか。推進側が言うべきことを言わないのです。はっきり言って、このままでは、原発は野垂れ死にすることになる、というのが私の見方です」
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橘川 武郎(きっかわ・たけお) 1951年生まれ。東京大学大学院経済学研究科単位取得退学、経済学博士。一橋大学大学院教授などを経て、2015年から東京理科大学大学院教授。専門は日本経営史、エネルギー産業論。著書に「日本電力業発展のダイナミズム」(名古屋大学出版会)、「松永安左エ門」(ミネルヴァ書房)、「出光佐三」(ミネルヴァ書房)、「東京電力・失敗の本質」(東洋経済新報社)など。経済産業省の審議会の委員もつとめている。
【朝日新聞】