2011年3月の東京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された裁判で、東京地裁(永渕(ながふち)健一裁判長)は19日午後、勝俣恒久・元会長(79)、武黒(たけくろ)一郎・元副社長(73)、武藤栄・元副社長(69)の3被告にいずれも無罪(いずれも求刑・禁錮5年)の判決を言い渡した。午後1時15分ごろに始まった判決理由の読み上げは夕方まで続く見込み。検察官役の指定弁護士が控訴すれば、控訴審でさらに争われることになる。
3人は、原発の主要施設の敷地の高さ(約10メートル)を上回る津波が来ると予想できたのに対策を怠って事故を招き、4・5キロ離れた双葉病院(福島県大熊町)の入院患者らに避難を余儀なくさせ、44人を栄養失調や脱水症状で死亡させたなどとして強制起訴された。
判決は、3人が10メートルを超す津波の情報に接したのは08年6月~09年2月ごろで、それから浸水対策や高台への施設移転などの工事を始めても東日本大震災までに完了したか明らかでないと指摘。事故を防ぐには11年3月初旬までに運転を止めるしかなかったが、生活・経済を支える原発の「有用性」を踏まえれば、その判断にはあくまで当時の安全基準に基づいた慎重な検討が必要とした。
これまでの公判で、3人は被害者や遺族らに謝罪しつつ、過失責任は全面的に否定。弁護側は「巨大津波は予測できなかった」などと無罪を主張した。
検察官役の指定弁護士は、原発には重大事故のリスクが潜む以上、最高経営層には「安全に関する具体的な情報を常に集め、万全の対策をとる義務がある」と主張。にもかかわらず3人は多くの機会にわたってそうした情報を見過ごした、と指摘した。
その「典型」と位置づけたのが、東電の子会社が08年3月に算出した地震に伴う津波の高さの予測だ。国の地震予測「長期評価」に基づくもので「最大15・7メートル」という数字が出たが、同年6月に報告を受けた武藤氏は土木学会に数値の妥当性を検証させる「不要な指示」を出し、「対策を先送りした」と追及した。
さらに地震対策を話し合う09年2月の「御前会議」に3人が出席した際、担当部長が「14メートル程度の津波が来る可能性」について言及したと指摘。3人はこうした情報に接してもなお、収支の悪化を嫌がって、防潮堤を高くしたり原発の運転を止めたりする対策をとらなかったと批判した。
これに対し、武藤氏は長期評価の信頼性に疑問があったとし、自身の指示について「専門家に確認するのは自然なこと」と述べ、先送りの意図を否定。武黒氏も15・7メートルという予測について、部長から「当てにならない計算と言われた」と説明した。勝俣氏は「部長の発言のトーンは非常に懐疑的だった」と反論した。
さらに弁護人は、「最大15・7メートル」の津波は敷地の南側から来ると予測されていたのに、実際の津波は東側の全面から押し寄せたと指摘。想定に従って南側に高い防潮堤を設けたところで効果はなく、3人は事故を防ぐ義務を怠ったとは言えないと述べていた。
東日本大震災による福島第一原発事故の刑事責任をめぐっては、福島の住民らが12年6月、東電幹部や国の関係者らを告訴・告発した。東京地検は全員を不起訴にしたが、検察審査会は旧経営陣の3人について2度にわたって「起訴すべきだ」と議決し、強制起訴。17年6月から公判が始まった。
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〈強制起訴制度〉 検察が容疑者を不起訴にしても、市民で構成する検察審査会が2度にわたって「起訴すべきだ」と議決すれば、必ず起訴される制度。議決には2回とも審査員11人中8人以上の賛成が必要になる。裁判所が指定する弁護士が検察官役となって起訴し、有罪の立証をする。司法制度改革の一環で、2009年5月に裁判員制度とともに導入され、これまでに9事件で13人が強制起訴された。2件2人の有罪が確定したが、明石歩道橋事故やJR宝塚線脱線事故などでは公訴時効による免訴や無罪などが確定している。【朝日新聞】