福島県が双葉町に整備する東日本大震災・原子力災害伝承館の展示内容に県内の専門家が疑義を呈している。県の先行施設は東京電力福島第1原発事故の被害に関する紹介が少なく、伝承館も同様の展示内容にとどまるのではないかという懸念がある。原発容認の立場だった事故前の責任も含め、どのように伝えるか県の姿勢が問われる。
伝承館は、県が約55億円を投じて整備する。「プロローグ」から「復興への挑戦」までの六つのゾーンを配置し、映像や写真、パネルなどで紹介。来年5月末の完成で、東京五輪開幕を見据えた開業を目指す。
「福島の復興といった肯定的側面が強調される施設になる」と懸念をあらわにするのは、福島大共生システム理工学類の後藤忍准教授(環境計画論)。例として、県が2016年に三春町に整備した施設「コミュタン福島」を挙げる。
コミュタンは原発事故後の経過や環境回復の現状などを紹介する。パネルの説明文に含まれる約1万2000語を後藤氏が解析すると、「安全」「利用」といった肯定的キーワードが上位20位に入った。
ウクライナ・チェルノブイリ原発の博物館も調べてみると、日本語音声ガイドの約1万4000語の上位20位に肯定的な単語は皆無だった。逆に「事故」「汚染」「死亡」など否定的なニュアンスが目立ち、後藤氏は「日本の公的施設は回復の成果や美談が強調されやすい。コミュタンもその傾向から逃れられなかった」とみる。
伝承館はどうか。後藤准教授は、県が今年3月に公開した伝承館の紹介動画を分析した。県民10人が体験を語る約16分の発言内容などを「教訓」「挑戦」の二つに分類し、割かれた時間を調べた結果、「挑戦」が41%、「教訓」が21%だった。
「復興に歩むという『挑戦』のストーリーを強調したい雰囲気。被災者の苦境をありのまま『教訓』として伝える姿勢に乏しく、展示内容も似た傾向になる恐れがある」と後藤氏は警鐘を鳴らす。
事故前、県は原発の普及啓発に力を注いだ。1981年には第1原発周辺自治体と県原子力広報協会を設立。広報誌「アトムふくしま」を発行したり、原子力を考える絵画や書道のコンクールを開いたりし、原発の安全性を繰り返し強調してきた。
事故後には、住民避難に役立つ緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)のデータを誤消去するミスがあった。福島市の市民団体フクシマ・アクション・プロジェクトの佐々木慶子共同代表は「県は責任と反省を伝承館で明示してほしい」と訴える。
熊本県水俣市水俣病資料館は、94年に市として水俣病患者の苦境に寄り添えなかったことへの反省を表明した吉井正澄市長(当時)のコメントを展示している。後藤氏は「未来への伝承は過去の反省の上に成り立つ」と指摘する。
[東日本大震災・原子力災害伝承館]福島県が双葉町に整備する震災や東京電力福島第1原発事故のアーカイブ施設。国と県が造る復興祈念公園に隣接し、約3万5000平方メートルの敷地に鉄筋2階、延べ床面積5200平方メートルの建物を建てる。「プロローグ」のシアターで導入映像を放映し、原発事故時の行政の対応や県民の証言、長期化する原発災害の状況、復興への挑戦などを一筆書きの動線で巡れるようにする。原発事故の資料なども保存する。【河北新報】