中国電力が原発建設を計画する山口県上関町の町長選が3日、告示された。計画浮上から40年近く。賛成派と反対派が対立を深めてきた果てに、町長選は今回、異例の展開をたどった。町の人口は3千人弱まで減り、原発工事は3・11後から中断したままだが、中国電は「全国唯一の新設計画、上関原発」を諦めていない。
「つらい道を歩むことになるがやむを得ない」。8月9日、4期目の柏原重海(しげみ)町長(70)が町役場で立候補を表明した。柏原氏が苦渋に満ちた言葉を口にしたのは、6月に一度は「気力が続くか不安」と引退の意向を明かしていたからだ。首長が議会で議員の一般質問に答えた引退表明を翻すのは異例だ。
原発推進の柏原氏に対し、町民による原発の推進6団体は引退撤回を繰り返し要請。「この難局に町政を任せられるリーダーは他にいない」と求めていた。
原発計画が浮上した1982年当時、町の人口は約7千人。今は約4割に落ち込み、65歳以上の高齢化率は全国平均28・1%の約2倍の55・7%(昨年10月時点)。地方交付税などの依存財源の占める割合は76・1%と町財政も厳しい。一方で、建設予定地に交付される原発関連の交付金は84年度以降計約74億円。中国電からの寄付金も総額36億円にのぼる。町の今年度の一般会計当初予算額約32億円をはるかに上回る。
原発建設予定地の対岸、約4キロ西にある祝島では82年以降、原則毎週の反対デモが計1300回以上続く。町長選は83年以降、賛成、反対両派の一騎打ちで推進派が9連勝。柏原氏は2003年に初当選し、前回は36年ぶりの無投票だった。
柏原氏は推進派ながら、原発の新増設が国のエネルギー基本計画で触れられていない現状を踏まえ、「事実を受け止めるしかない」との立場だ。「(上関原発は)国策として認知されていない」と話し、風力発電事業など原発に頼らない町政運営も模索している。
反対派も、その姿勢を一定評価する。「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の清水敏保代表は、原発の白紙撤回を求めることに変わりはない。それでも実際に建設されるかが不透明な中、「今は垣根を越えて町づくりに協力する時」と強調する。柏原氏が5選をめざす意向を明かすと、候補擁立を見送った。前回に続き無投票の公算が大きい。
「人間関係、壊れた」
原発への賛否をめぐり、対立が深まった地元には疲れがにじむ。
原発をめぐる町の雰囲気について、食料品店を営む男性は名前を出さないことを条件に話した。「町民同士、本音で話しづらい。原発の対立が尾を引き、昔からの人間関係は崩れてしまったよ」と漏らす。「『あそこの店はどっち派』と評判が立つと、商売に影響が出る。原発は今も禁句」と語った。自身はかつて賛成だったが、東京電力福島第一原発事故後は賛成できなくなったとも話した。
町中には、賛成、反対双方が立てた看板が残る。
建設会社を営む70代の男性は推進の立場だ。「漁業以外目ぼしい産業がなく、町の衰退をくい止めたい一心だった」と振り返る。関連工事の受注を想定していたのに、09年に始まった造成工事は中断した。「会社の経営は先が見えなくなった。原発工事が進んでいたら別の未来があった」と話す。今も「原発が建てば作業員やその家族が移住し、活気が生まれる。町の存続のために原子力は必要だ」との考えだ。
商店を営む60代の男性も「反対と言えば仲間外れにされることもある。本音を明かしにくい雰囲気」と打ち明け、柏原氏の引退撤回を評価する。「原発ができないことも考えて手を打ってきた柏原さんなら、賛成派も反対派も文句は出ない。賛成派と反対派がいがみ合い、国の方針もはっきりしない。こんな複雑な町で、柏原さんは原発に頼らない将来像も示そうとしている。他に代わる人材なんていない」
中国電、建設進めず でも諦めず
上関原発は、海面の埋め立てにむけた準備工事が11年の東日本大震災以降、止まったままだ。工事の認可の期限切れが迫った6月、中国電は「権利」だけは確保しておこうと3年6カ月の延長を申請し、山口県も認めた。16年に続く2度目の延長となった。
建設を進めるわけではないが、断念もしない。「塩漬け」のままにするのは、原発の新増設を巡る国の姿勢が定まらないためだ。政府は昨年に公表した「エネルギー基本計画」で30年度の原発比率の目標を20~22%としつつ、新増設は「現時点では想定していない」(世耕弘成経済産業相)と繰り返す。
それでも計画を諦めないのは、「中長期的に必要な電源」(平野正樹副社長)と位置づけるため。火力発電所の老朽化や地球温暖化対策に加え、原発技術の維持に必要だとする。上関の事務所に約50人をおき、昨年から上関町への寄付を再開した。
政府の方針についても「既存原発の再稼働で国民の信頼を回復した後で、新増設を進める意向だろう」(幹部)とみる。
ただ、中国電にとっても、原発の優先事項は島根2、3号機(松江市、計219・3万キロワット)の稼働だ。
さらに、中国電を取り巻く環境からみて、実際の建設は容易ではない。原発の建設費は安全基準の強化で高騰し、欧州の例では1基1兆円超と東日本大震災前の2倍以上とされる。経常利益が数百億円の中国電にとって「新しい原発への投資は非現実的。自由化の中で投資回収も見通せない」(金融機関幹部)とみられている。
省エネの広がりや人口減で、管内のピーク時の電力需要も東日本大震災前から約1割減少。28年度の発電設備の余裕の見込みは目安とされる8%の約2倍あるとされ、島根2、3号機(松江市)が稼働すればさらにふくらむ。上関原発の建設には過剰感がつきまとう。脱原発をめざすNPO法人、原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「経済性がないのは明らかだ。周辺自治体の同意など、課題だらけだ」と指摘する。(西尾邦明)
上関原発建設計画
中国電力が山口県上関町の長島の沿岸約14万平方メートルを埋め立て、出力137・3万キロワットの改良型沸騰水型の原子炉2基を建設する計画。2009年に準備工事が始まったが、東京電力福島第一原発事故後に中断している。
建設中の原発は東京電力の東通原発1号機(青森県)などがあり、増設を計画中なのは日本原子力発電の敦賀原発3、4号機(福井県)などがある。ただ、1号機からの「新設」を計画しているのは上関のみ。東北電力は13年、浪江・小高原発(福島県)の新設計画を断念した。
山口県は7月、公有水面の埋め立て免許の延長(3年6カ月間)を中国電に許可した一方、原発本体の着工見通しがつくまで埋め立てないように求めた。【朝日新聞】