東京電力福島第1原子力発電所の事故後に止まった原発の運転再開が2019年はゼロとなる見通しだ。15年の九州電力川内原発(鹿児島県)を皮切りに9基が再稼働したが、同じく審査に合格した6基は地元同意や安全対策工事に時間がかかっている。新たに運転を再開する原発が見込めないうえ、再稼働した9基もテロ対策の遅れで4基が20年に停止に追い込まれる可能性が高い。日本の温暖化対策やエネルギー戦略の先行きに影響しかねない。
原発は火力発電に伴うコストの上昇を抑え、発電中に温暖化ガスの二酸化炭素(CO2)を出さない。政府は総発電量に占める原発の割合を30年度に20~22%にする方針。約30基の運転が前提だ。
実際は再稼働が進まず、原発の割合は再稼働が7基まで増えた17年度に約3%。これまでに再稼働した原発は9基で、18年度も10%未満にとどまったとみられる。15年から毎年平均2基のペースで増えた再稼働が滞れば、温暖化対策や電力コストが見通せなくなる。
政府は温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」の下、温暖化ガスの排出量を30年度に13年度比で26%減らす目標を掲げる。だが、17年度でも温暖化ガスの排出は13年度比で8.4%減。目標の26%減に程遠い。
温暖化ガスの排出抑制は毎年の取り組みが効くだけに、今の状況が続けば削減目標の達成は難しい。火力頼みが強まれば、電気料金の引き上げにもつながる恐れがある。
再稼働を申請した25基のうち、原子力規制委員会の新規制基準に合格した原発は15基ある。このうち6基が再稼働できていない。理由は安全対策工事の遅れや老朽化した原発への地元の懸念だ。
16年に合格した関西電力の高浜1、2号機と美浜3号機(福井県)は運転開始から40年を超え、安全対策工事が長引く。大がかりな工事は当初の予定を超えて続き、高浜1号機は20年5月、2号機は21年1月、美浜3号機は20年7月までずれ込むとみられる。
18年に合格した日本原子力発電の東海第2原発(茨城県)は、地元了解のめどが立たない。稼働40年を経て、半径30キロメートル圏内に全国最多の94万人が暮らす。地元が運転再開に慎重だ。原電は東海村や水戸市など6市村と運転再開に実質的な事前了解が要る新安全協定を結んだ。広域で安全を見守る体制は新しく、対応に時間を費やす。
東電の柏崎刈羽6、7号機(新潟県)は17年に合格した。立地自治体の桜井雅浩・柏崎市長は、再稼働を認める条件として同1~5号機の廃炉計画策定を東電に求めている。花角英世知事は県独自の検証を終えるまでは再稼働の議論はできないとの姿勢を示す。
再稼働後の原発も運転継続が危ぶまれている。関西電力と九州電力の4基はテロ対策施設の建設が遅れ、20年の完成期限を超える恐れがある。その場合、規制委が運転停止を命じる方針だ。全国で活用できる原発が減る。
審査中の10基も再稼働時期は不透明だ。規制委は福島原発事故の反省から、科学の進歩に合わせて常に規制を見直す。地震や津波、火山などで想定すべき知見が見つかるたびに対応が必要になる。
福島事故から8年たったが、新規制を守り原発を生かす道筋はなお描けていない。政府は原発の新増設を巡る議論を避けてきた。既存原発をフルに活用できなければ、戦略の見直しを迫られる。
■経営一段と厳しく
電力大手の経営環境は厳しさを増している。原子力発電所が稼働できず、各社は発電コストの高い火力発電に頼らざるを得ない。原発のテロ対策施設などの安全対策費が膨らみ、東京電力ホールディングスや関西電力、九州電力はそれぞれ1兆円規模に達する。原発関連のコストを抑えるため、事業再編の動きも出始めた。
東電は28日にも中部電力、日立製作所、東芝の4社で原発事業に関する共同出資会社の設立を発表する。まず原発の保守メンテナンスや既存原発の廃炉から共同で手掛ける計画だ。2011年の東日本大震災で建設を中断している東通原発(青森県)も共同で運営する方針で、4社で原発事業の効率化を図る。
東電は原発事故の賠償費用などに使う資金として年5千億円を確保したうえで、将来は毎期4500億円の連結純利益を計画する。だが19年3月期の純利益は2324億円にとどまる。原発が再稼働できないのに加え、16年の電力小売りの全面自由化で顧客も流出しているためだ。
東電の19年3月期の小売事業の経常利益は727億円と前の期比37%減った。「顧客獲得を優先して赤字の契約を多く抱え込んだ」(東電幹部)のが響いた。そうした中、東電は22日、九州と東北で家庭向けの電力販売を23日から始めると発表した。東電にとっては中部、関西に次いでの越境となるが消耗戦の恐れもある。
他の電力会社も原発を再稼働できず、小売事業の収益が低迷する厳しい状況にある。大手10電力が地域ごとにすみ分ける時代は終わり、事業ごとの提携や再編が広がる可能性がある。【日本経済新聞】