原子力規制委員会が原子力発電所の安全性を高めるために打ち出す追加の規制が電力会社を翻弄している。東京電力福島第1原発事故の後に新たに義務付けたテロ対策施設の設置が間に合わない原発に運転停止を命じると4月に決定した。8月7日に規制委の検討チームが「未知の活断層」への対策強化を求める報告書をまとめたように、地震や津波、火山に関連した「新知見」が明らかになると、電力各社にその対応を迫っている。
原発の規制は2011年の福島第1原発事故の反省を踏まえ、13年7月に施行した新規制基準に基づく。福島第1原発では従来の規制で想定してこなかった過酷な事故が起きた。津波によって電源を失って原子炉内を冷却できなくなり、核燃料が溶け落ちて原子炉が損傷する炉心溶融(メルトダウン)につながった。
新規制基準では自然災害、人災を含めて炉心溶融のような過酷事故が起きても、原子炉を冷やし、内部の状態を把握できるようにすることを目指している。そのために求めたのが「特定重大事故等対処施設」と呼ばれるテロ対策施設の設置だ。テロリストが航空機で原発に突っ込んでも、遠隔で冷却などの事故対応ができるようにする。
設置許可を得た原発にもさかのぼって新しい規制を適用する「バックフィット」という考え方のもと、既存の原発にテロ対策施設の設置を求めた。当初、新規制基準の施行から5年の18年7月が設置期限だったが、15年11月に「原発本体の工事認可を受けてから5年」に延長された。
19年4月、関西電力、四国電力、九州電力は5原発10基で完成が間に合わない見通しを規制委に示した。各社は「工事が想定以上に大がかりになった」と説明したが、規制委は間に合わない原発は「基準不適合」として、停止命令を出す方針を決定した。
九電の川内原発1号機(鹿児島県)は20年3月の期限で停止する見通しだ。新規制基準に基づいて再稼働した原発は9基ある。電力各社は工事を急ぐが、間に合わなければ順次停止する可能性もある。
新たな「バックフィット」は今も続く。「未知の活断層」への備えでは、規制委は検討チームがまとめた報告書を受け、今後、電力会社に対応を求める見通しだ。
規制では、周辺に存在する活断層による地震と未知の活断層による地震に対する耐震性を求めてきた。未知の活断層については、新しい評価方法に基づいて対策を取るよう求める。従来は全国一律で04年に北海道で起きたマグニチュード(M)6.1の地震データで揺れを評価していた。
今回は過去約90地震の記録で作った揺れのパターンを使って、全原発の想定地震動を再評価する。多くの原発は近くにある大きな活断層による地震の強い揺れを想定した耐震性を備える。周辺に大きな活断層がない九電の2原発は未知の活断層を想定した地震動が基準となっており、追加された影響を受ける恐れがある。再評価の結果によっては追加工事などが必要になる。
津波を巡っては、警報が出ない場合の対応を関電の高浜原発(福井県)に求めた。18年にインドネシアで、崩れた山の一部が海に流れ込んで高さ数メートルの津波が発生したが、警報が出なかった。
多くの原発では警報が出なくても敷地に津波が浸入しないようになっているが、高浜では警報が発表されてから取水路の門を閉じる仕組みだった。日本海の海底地滑りによる津波は警報が出ない可能性がある。関電は警報が出なくても潮位の変化から津波を検知して対応できるとする。
今後、規制委の審査会合で関電の対応が十分かが議論される見通しだ。高浜3、4号機はすでに再稼働したが、規制委委員長の更田豊志さんは対策が終わるまで「(1、2号機の)再稼働は認められない」との考えだ。
火山についても新知見を規制に取り込んでいる。最新の地質調査で、大山(鳥取県)の約8万年前の噴火による火山灰の量が従来より多い可能性が浮上した。このため、関電の3原発で想定する火山灰の厚さの引き上げを求めた。ただ大山は活火山ではなく、原発の停止は求めていない。
規制委は最新の科学的な知見に基づいて原発の安全対策を進めるべきだという考え方だ。更田さんはバックフィットについて「今後も続くだろう」と話す。いつ飛び出すか分からない追加規制への対応は原発事業のリスクとなりつつある。【日本経済新聞】