原子力発電所のテロ対策工事が稼働継続の大きな問題になりつつある。九州電力の川内原子力発電所1号機(鹿児島県薩摩川内市)は来年3月、テロ対策の遅れが原因で全国初の稼働停止となる見通しだ。関西電力や四国電力も期限に間に合わない見通しを示しており、再稼働した残る原発6基が相次ぎ停止を迫られる可能性もある。
原子力規制委員会は4月、テロ対策施設「特定重大事故等対処施設(特重)」の完成が期限に間に合わない原発に停止命令を出す方針を決定した。6月には、期限を過ぎた翌日には原発を止めるよう電力各社に命じる手続きを定めた。規制委は期限の1週間前までに運転停止命令を出し、電力会社は準備に入らなければならない。
国内の原発では、九電の川内1号機の期限が2020年3月17日と定められ、最も迫っていた。
川内原発で工事が難航している要因の一つがテロ対策施設を建設する土地の岩盤が固く、掘削に時間がかかっている点だ。概要は非公開だが飛行機の衝突なども想定し、指揮所など中枢部は地下に設ける設計とみられる。
九電は規制委の停止方針を受け、期限から約1年遅れると見込む工期の短縮を検討してきた。ただ「経営への影響が大きいので極力短くしたいが、乾いた雑巾をさらに絞るような話。簡単にはいかない」(九電幹部)。
原発が停止した場合の利益圧迫額は1.2号機それぞれで月40億円、計80億円に達する見込みだ。20年3月期の業績予想は川内1号機が3月18日以降は停止している前提で立てたが、運転停止が本格的に収益に響くのは21年3月期からで九電にとって大きな打撃になる。
池辺和弘社長は6月7日の記者会見で「(工期を)どれぐらい縮められるかは検討中。いつまでと期限を切ると、工事に携わる作業員の労災リスクが高まる」と話した。
テロ対策施設は東京電力福島第1原発の事故の反省を踏まえて13年にできた新規制基準で設置が義務付けられた。原子炉が入った建物がテロリストなどに攻撃されても遠隔で原子炉を管理し、冷却できるようにする。
当初の設置期限は新規制基準ができて5年後の18年7月だった。ただ、規制委による原発の再稼働審査に時間がかかり、15年11月に「原発ごとに本体工事計画の認可を受けてから5年以内」と期間に余裕を持たせた。
テロ対策施設の完成が遅れる見通しを明らかにしているのは九電のほか、関電、四国電の5原発10基にのぼる。川内原発以外では関電が福井県に持つ大飯3、4号機、美浜3号機、高浜1~4号機と四国電の伊方3号機(愛媛県)だ。10基のうち7基が再稼働を済ませている。
中東ホルムズ海峡で日本に関係するタンカーなど2隻が攻撃を受けるなど、中東への依存度が高い化石燃料を巡る地政学リスクが高まっている。テロ対策施設が完成すれば、いったん停止した原発も運転を再開できる。テロ対策の先延ばしは許されず、電力会社は重い責任を抱える。【日本経済新聞】