福島第1原子力発電所で燃料の取り出しが始まったと聞きました。廃炉は順調に進んでいますか。
回答者:矢野寿彦編集委員
東京電力は4月15日、3号機の建屋上層部のプールに保管してある使用済み核燃料の搬出作業を始めました。約10日かけて7体の燃料をより安全性の高い別の共用プールに無事に移し替えました。3号機にはまだ559体が残っており、約2年かけてすべてを建屋から搬出する計画です。
2011年3月の東日本大震災で福島第1は炉心溶融(メルトダウン)という甚大な原発事故を起こしました。3号機はそのうちの1基で、水素爆発で建屋は吹き飛びました。使い終えた核燃料を一時的に保管する建屋内のプールにはがれきなどが散乱、当初予定よりも4年以上の遅れで、今回の搬出作業にこぎ着けました。
今後、1、2号機でも同様の作業が予定されています。1~3号機はいずれもメルトダウンしましたが、壊れ具合はまちまちなため、3号機と同じ搬出方法が利用できるとは限りません。1、2号機ではこれから検討していかねばならず、具体的にいつから始めるかは未定です。
福島第1の廃炉について事故後30~40年かけて終えるという方針を政府と東電は維持していますが、順調に進んでいるわけではありません。むしろ8年が経過してその難しさが浮き彫りになってきたといえるでしょう。
仮に、1~3号機の使用済み核燃料を無事に搬出できたとしても、その後に原子炉の中に溶け落ちたデブリと呼ぶ核燃料をどう取り出すかという難題が立ちはだかります。合計で880トンのデブリがあると推計していますが、いったいどこにどのような状態で存在しているかは今なお、全容をつかめていないのが現実です。廃炉に向けた工程表には21年からデブリ取り出し開始と明記されていますが、本当にできるのかを疑っている専門家も少なくありません。
今春、日本経済新聞による東電幹部へのインタビューで福島第1の廃炉の定義が問題になりました。原発の廃炉とは一般的に30年ほどかけて更地に戻すことを指します。この幹部は「(福島第1の場合)10人に聞けば10通りの答えがある」と発言、2051年ごろまでに終えるとしている廃炉の姿がいったいどういうものか実は曖昧だったということが判明しました。
廃炉の姿が不明確なまま作業を続けるというのは、ゴールがわからないまま走り続けるようなものです。3基がメルトダウンしたという事故の規模からみて、30~40年で福島第1を更地にできるとはだれも思っていません。最新の知見をもとに何をもって福島第1の廃炉とするかをはっきりとさせ、工程表を抜本的に見直す時期だと思います。
結論:原発事故から30~40年かけて廃炉するというのが国と東電の基本的な方針です。ただ事故から8年、使用済み核燃料やデブリの取り出しなど、どれも簡単な作業でないことが明らかになってきました。どうなれば廃炉は完了といえるのか、将来像もはっきりしません。思考停止の状態が続く日本の原子力政策。前に進むのか、後戻りするのか。もっと明確にする必要があります。廃炉の現実から目を背けてはいけません。
矢野寿彦(やの・ひさひこ)
1989年日本経済新聞社入社、20年以上、科学技術報道に携わる。科学と社会、医療が専門。科学技術部長を経て、2019年4月から編集委員。
【日本経済新聞】