福島県南相馬市から大津市に避難されている青田恵子さんの作品を紹介します。
8枚の絵と3編の詩を収めています。
「拝啓関西電力様」
青田 恵子
エアコン止めで、耳の穴かっぽじって
よーぐ聞け。
福島には、「までい」っつう言葉があんだ。
までいっつうのは、ていねいで大事にする
大切にするっちゅう意昧があんだ。
そりゃあ、おらどこ東北のくらしは厳しかった。
米もあんまし穫んにぇがったし、
べこを飼い
おかいこ様を飼い
炭を焼き
自然のめぐみで、までいにまでいに今まで
暮らしてきた。
原発は いちどに何もかもを
奪っちまった。
原発さえなかったらと
壁さ チョークで遺書を残―して
べこ飼いは首を吊って死んだ。
一時帰宅者は、
水仙の花咲く自宅の庭で
自分さ火つけて死んだ。
放射能でひとりも死んでないだと……
この うそこきやろう 人殺し
原発は 田んぼも畑も海も
人の住む所も
ぜーんぶ(全部)かっぱらったんだ。
この 盗っ人 ドロボー
原発を止めれば
電気料金を二倍にするだと………
この 欲たかりの欲深ども
ヒットラーは毒ガスで人を殺した
原発は放射能で人を殺す
おめえらのやっていることは
ヒットラーと なんもかわんねぇ。
ヒットラーは自殺した
おめえらは誰ひとり
責任とって 詫びて死んだ者はない
んだけんちょもな、おめえらのような
人間につける薬がひとつだけあんだ。
福島には人が住まんにゃくなった家が
なんぼでもたんとある
そこをタダで貸してやっからよ
オッカアと子と孫つれて
住んでみだらよがっぺ
放射能をたっぷり浴びた牛は
そこらじゅう ウロウロいるし
セシウムで太った魚は
腹くっちくなるほど 太平洋さいる
いんのめぇには、梨もりんごも柿も取り放題だ。
ごんのさらえば
飯も炊けるし、風呂も沸く
マスクなんと うっつぁしくて かからしくて
するもんでねえ
そうして一年もしたら
少しは薬が効いてくっかもしんにぇな
ほしたら フクシマの子供らとおんなじく
鼻血が どどうっと出て
のどさ グリグリできっかもしんにぇな
ほうれ 言った通りだべよ
おめえらの言った 安全で安心な所だ。
さあ、急げ!
荷物まどめて、フクシマさ引っ越しだ
これが おめえらさつける
たったひとつの薬かもしんにぇな。
【註】相馬弁の解説
①んだげんちょも…だけれども
②腹くっちく…腹いっぱい
③いんのめえ…家の前
④ごんの…焚き物にする小枝や落ち葉
⑤うっつぁし…うっとうしい
⑥かからし…わずらわしい
「一万円」
青田恵子
宮城県に五人で避難していた二ヶ月
当座の物品購入費用代
一万円の賠償請求したんだわ
東京電力さ郵送したらば
二、三日して速達が来たんだわ
さすが東京電力やるごと早(は)えごどと思って
開けて見たらば
一万円の領収書つけてよこせって
戻さっちぇ来たったの
レシートなんと どっかさ失くしたべし
失くしたならば買った店の名前
ゆってよこせって
買った日付もゆってよこせって
そだごと今さらわかんねー。思い出せねー。
やっぱしくれたくねえんだ一万円
一万円くれてやっからあれ出せこれ出せと
はじめっからねえのわかってゆってくる
おめぇらだって二年も前の買物
覚えてっか?
ダイヤモンドやマンションでねえんだよ
茶碗5個 湯呑み5個 皿5枚
たわしにスポンジ ほいちょ(包丁)にまな板
自衛隊から水もらうのに並ばねばなんねえし
その日その日 生きんのに精一杯で
そだ領収書どころでねがった
ゆくゆく賠償さ必要になっぺなんて
そだごとまで考えらんにぇがった
座卓もねえ 畳さ 新聞紙広げて
テーブル替りにしたんだげんちょも
紙コップから 初めてセト物の茶碗で
「お茶っこ」した時は うまかったなぁ
五人で二ヶ月間の日用品だよ
下着も着替えも何にもねかったんだよ
一万円とは
ずい分少なく見積もってやっちまったもんだ
領収書出せなんて おどすもんだから
こっちから東電さオマケして安くしてやったんだ
どこまで欲深であさましいやつらなんだ
ああ! いらねえ いらねえ
一万円なんと いらねえわ
そのかわり ”3・11”の前の福島さ
戻してくいろ
早春の阿武隈の峰より注ぐ あの
オレンジ色の残照に包まれた
オラのふる里を
返してくいろ
「円形の聖地」
青田恵子
半径20キロメートル
コンパスで引かれた円い場所
誰も住めない所です
「フクシマ」この悲しみの山河
泣き顔見せずに たえてます。
行き場がなくて もがいています。
わがまま言わずに こらえています。
我が故郷
福島県相馬郡小高町
馬の町 機の町 潮騒の町
常磐線 小高駅
その朝まで乗っていた
駐輪場にならぶ自転車
再びハンドルを握ることも
ペダルを踏むこともなく
持ち主はどこへ消えて行ったのか
あの日から常磐線は走っていない
蔦が絡んだ赤錆の鉄路
やがて樹木は
廃墟の町をやさしく抱いて眠らせる
五百年後の人々は かつてここに
浮舟城があったと知る石塊(いしくれ)を
掘り当てるであろうか
馬は駿馬(しゅんめ)の嘶(いなな)きと蹄(ひづめ)の音を
運んで来るであろうか
ふる里の川をさかのぼる鮭のごと
ひたすら営みはそれに尽き
帰る川のない私の魂は
二万四千年の間さ迷い続けるのであろうか
荊棘(いばら)の森を切り裂き
二万四千年の眠りを覚ます王子は
現われるのであろうか
誰も 入れてはなりません。
誰も 触れてはなりません。
誰も 眠ってはなりません。
「フクシマ」その悲しみの大地
円形の聖地
【注】
相馬郡大高町(ソウマグンオダカマチ)
福島第一原発から20kmの中にある。現在は南相馬市に合併されたが、私の中では、旧相馬郡小高町がふるさと。
馬の町
千年の昔から続く騎馬による軍事訓練。今に伝わる「相馬野馬追い(ソウマノマオイ)祭り」は平将門が祖。
機の町
往時は輸出用の絹織物製造が主な産業。機屋(ハタヤ)と呼ばれた。
浮舟城(ウキフネジョウ)
町の中心部にある城址。野馬追いの神事が行われる。
二万四千年
プルトニウム239の物理的半減期。